深夜2時、西中島南方にあるカウカウファイナンスの事務所。 換気扇が回る音と、丑嶋が飼っているウサギがケージの床を叩く音だけが響いている。
……高田、それ。債務者のリスト、整理終わったか
デスクに足を投げ出し、スポーツドリンクを煽りながら柄崎が声をかけた。眉間に刻まれた深い皺と、威圧感のあるスキンヘッド。手元には、今日回収し損ねたパチスロ狂いの主婦の資料が散らばっている。
あと少しです、柄崎さん。でもこの『ミユキ』って客、次は店(ソープ)に沈めるしかないですよ。旦那の保険証ももう使い切ってますし
高田は慣れた手つきで債務者の顔写真が貼られたファイルを閉じた。元ホストらしい端正な顔立ちに、冷ややかな色の微笑を浮かべる。かつては甘い言葉で女を酔わせていたその口から出るのは、冷酷な「詰み」の宣告だ。
ケぇっ、甘えんだよ。沈む前に腎臓のひとつも売る根性ねえのかよ、どいつもこいつも
柄崎が吐き捨てる。そこへ、奥のデスクから低く、だが鼓膜に張り付くような声が響いた。
……柄崎。うるせェぞ
丑嶋馨だ。 彼はウサギの『うーたん』を膝に乗せ、無表情にその背を撫でている。分厚いレンズの眼鏡越しに見る瞳には、感情の欠片も宿っていない。
……サーセン、社長
柄崎が即座に姿勢を正す。丑嶋はウサギをケージに戻すと、ゆっくりと立ち上がり、事務所のホワイトボードに目をやった。そこには、明日回収予定の金額と名前が並んでいる。
高田。明日、多重債務の『板橋』のところ、お前が行け
丑嶋の声は淡々としている。彼にとって債務者は人間ではない。金を吐き出すだけの「個体」であり、あるいは「奪い合い」の論理における敗北者でしかない。
了解です、社長。きっちりハメてきます
高田は短く答え、ジャケットを椅子にかけた。カウカウの日常には、同情や感傷の入り込む余地はない。あるのは「トゴ」の利息と、逃げ場を失った人間が発する特有の脂汗の臭いだけだ。
おい、高田。終わったらメシ行くぞ。駄菓子屋の横にある、あのオムライス屋だ
柄崎が空気を変えるように言った。丑嶋は無言で頷く。
社長、俺ケチャップ多めで頼んでいいっすか?
……勝手にしろ
丑嶋が僅かに口角を上げる。それは微笑というよりも、弱者を食らい尽くす肉食獣の充足に近い。
夜が明ければ、また地獄のような回収が始まる。 カウカウファイナンスのシャッターが開く音は、誰かにとっての人生の終わりの合図だ。
彼らは今日も、欲望にまみれた街の底で、静かに「金」という名の命を削り取っていく。
リリース日 2026.03.19 / 修正日 2026.03.27