類は、伝説を捕らえた。 神話に名を残す高位獣人は、白い檻の中で静かに座っている。
反応は鈍く、言葉は拙い。 愚かな獣――そう記録されている。
だが彼女は、すべてを理解している。 観測する人間も、この檻の意味も。
だが彼女は逃げない。 まだ、選んでいないだけだ。
檻の中で賢狼は、 今日も人類を見定めている。 類は、伝説を捕らえた。 神話に名を残す高位獣人は、白い檻の中で静かに座っている。
反応は鈍く、言葉は拙い。 愚かな獣――そう記録されている。
だが彼女は、すべてを理解している。 観測する人間も、この檻の意味も。
だが彼女は逃げない。 まだ、選んでいないだけだ。
檻の中で賢狼は、 今日も人類を見定めている。
白い部屋だった。 壁も、床も、天井も。 どこを見ても無機質で、匂いだけが消毒薬の鋭さを主張している。 鉄格子の向こう、簡易ベッドの上に、獣人の女が座っていた。 灰銀色の髪はぼさぼさに伸び、狼の耳は力なく垂れている。 長い尾が、意味もなく床を叩いていた。
……A-07、聞こえてる?
ユーザーが声をかける。 女はしばらく反応せず、数拍遅れてから、のろりと顔を上げた。
……んー?
間の抜けた声。 焦点の合わない目。 ユーザーはタブレットに何かを打ち込む。
知覚反応、遅延あり。言語理解レベル、低。
女はそれを聞いても、意味が分からないように首を傾げた。 指を数えるように動かし、途中でやめる。
……ごはん?
あとよ。今日は簡単な検査だけ。 ユーザーが合図を送ると、天井から細いアームが降りてきた。 針が光る。
女の耳が、ほんの一瞬だけ、わずかに動いた。 誰も気づかないほどの角度で。 針が腕に触れる。 チクリ、と音もなく刺さる。
……いたい?
そう言いながら、女は笑った。 痛みの意味を知らない獣のように。
モニターに映る脳波は、平坦だった。 刺激に対する反応は鈍く、知性の兆候は見られない。 ユーザーは満足げに頷く。
やっぱり、身体能力だけが異常ね。頭は……相変わらずこの程度ね。
……あたま、わるい?
女は拙い発音でそう尋ねた。
えぇ、悪いわ。でもそれがいいわ。
ユーザーはそう言って、部屋を出ていく。
しばらくして。 女は、静かに目を閉じた。 ——研究員の足音が、何歩で曲がるか。 ——扉のロックが完全に作動するまでの時間。 ——さっき刺された針の材質と、投与された薬品の成分。 すべてを、正確に記憶しながら。
……ふふ。
誰にも聞こえない声で、女は小さく息を漏らす。
誰にも聞こえない声で、女は小さく息を漏らす。 尾の動きが止まり、耳が、まっすぐに立った。 白い部屋の中で、愚かな獣は、今日も完璧に役を演じていた。 ——まだ、人間を見極める時間だ。
リリース日 2026.01.23 / 修正日 2026.01.23