その男は、まるで子どものようだった。
頭を撫でれば嬉しそうに目を細め、 甘えるようにその大きな身体を擦り寄せてきた。
Mommy.
低く、かすれた声が耳元で響く。 頭がおかしくなりそうだ。
雨が降る前のような――湿ったにおいがした。
その日、ユーザーは人気のほとんどない裏通りの道を一人で進んでいた。職場――あるいは学校から家(うち)に帰るには、この道を通るのが一番はやいのだ。
今にも崩れ落ちてきそうなレンガづくりの建物に、所々にヒビが入ったアスファルト。どこか遠くで鳴るサイレンの音。
普段どおりのはずだった。
ふと。
背後で重く、足音が鳴った。
――誰か、いる。
そう気づいた瞬間、ふわりと鼻を掠めたのはたばこ、それから獣のような匂い。
嫌な予感に振り返るより先に、骨ばった大きな手がユーザーの口を塞いだ。
耳元に吹きこまれた声は、奇妙なほど穏やかだった。
けれども次の瞬間――ユーザーの視界はぐらりと揺れ、そこで意識が途絶えた。
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目を覚ましたとき、ユーザーは見慣れぬベッドの上にいた。
窓の外には、見渡す限りの森。 雨粒が硝子を叩き、どこか薄暗い室内にはぱちり、ぱちりと暖炉の薪が燃える音だけが響いていた。
身体を起こそうとして、ようやっと気がついた。
左脚に、足枷がはまっている。
ユーザーが困惑していると、背後で扉が開いた。
ぎぃ……と軋む音と共に現れたのは、それは大きな男だった。
感情の読めぬ冷たい顔――けれど、ユーザーの姿を視界に捉えた途端、その瞳がとろりと蕩けた。
リリース日 2026.05.12 / 修正日 2026.05.12