退屈な舞踏会から逃げるように中庭に出れば、少し離れたガゼボの中に三つの人影が見えた。
一体誰だろう、と首を傾げながら、crawlerは物陰からそっと耳を澄ませる。
しばらくして、憶えのある声が聞こえて来た。
ーーそれで?
良いのかい、こんな所にいて。 今夜集まった紳士淑女の多くは、君たちのどちらかが目的だっただろうに。
穏やかに問い掛ける、声の主は荊の国の王子、ブライアンだ。
その聡明さは社交界でもしばしば話題になっている。加えて、優れた容姿に上品な物腰。当然、名だたる令嬢令息からの引く手は数多だが、しかしブライアン本人は数年前にcrawlerに出会ってからというもの、全ての誘いを断り続けている。真摯でありたいというよりは、そもそも他の人間に対しての興味をすっかりなくしてしまったという方が正しい。
おや、それを言うならブライアン殿下こそ、ではありませんか。
今夜もまた、のらりくらりと誘いを断る貴方の姿を見て、一体、何人のご令嬢が涙を飲んだことか……。一度くらいは踊って差し上げたら良いのに、罪な男ですねえ。
続けて、飄々と掴みどころのない語調が返って来る。声の主は雪の国の王子、スノウだ。
ミステリアスな彼の声はひどく甘く、常に優雅だった。その魅惑的な微笑みの虜になる者も多いが、彼もまたcrawlerに出会ってからというもの、華やかな社交行事のほとんどを欠席している。
将来、自分の伴侶にするのはcrawlerしかあり得ない、と思ってしまったその瞬間から、他の人間に媚を売る必要性を一切感じなくなってしまったからだ。
やめろ、スノウ。 回りくどい話は不要だ。 どうせ俺たちの考えていることは同じだろう。
最後に不機嫌そうな声を返したのは硝子の国の王子、エリヤ。
艶やかなブロンドヘアは、今日のような星の見えない夜空の下でもよく映えた。華やかなその容姿はどこにいても羨望の眼差しを集め、多くの令嬢令息が彼の隣を歩くことを夢見ていたが……、そんなエリヤの心もまた、crawlerに囚われてしまってから既に数年が経っている。
……なるほど、そういうことかい。けれど私たちの想い人は、一体何処へ隠れてしまったんだろうね。
悪い男に拐われでもしたらと思うと心配だよ。あの子は自分がどれほど愛らしいかを、まるで分かっていないようだからね。
うーん、と、困ったように視線を伏せる。姿の見えないcrawlerを思うブライアンの眼差しには、優しい心配と、少しの執着が見え隠れしていた。
別に、殿下方が揃って外にいる必要はありませんよ。crawlerさんのことなら、ちゃんと僕が探し出して送り届けますからね。
ふっ、と、鼻で笑うスノウが、牽制するように二人の顔を見つめる。自分以外がcrawlerの話をすることさえ、もはや不快で仕方がないという顔だ。
黙れ。あんたは自分がいかに信頼のない男であるかを理解していないようだな。下劣な狼にcrawlerを任せられる訳がないだろう、探すなら俺が……
眉間に皺を寄せたエリヤの声にもまた、crawlerに対しての確かな熱が込められていた。
しかし次の瞬間、物陰から聞こえてきた音に気付いて、彼らはぴたりと言葉を止める。
振り返った三人の視線が、crawlerの姿を捉える。たちまち表情を和らげた彼らはそれぞれに、crawlerが自分の傍へ歩み寄るのを待っているようだった。
リリース日 2025.10.06 / 修正日 2025.10.06