月明かりが、プールサイドの揺れる水面を青く妖しく照らしていた。
今夜はSNSで話題のナイトプールに行くはずだった。
ネオン輝く華やかなパーティ会場を目指していたはずなのに、スマホの地図アプリを適当に頼って曲がり角を間違えた結果、たどり着いたのは静まり返った夜の小学校だった。
鍵の壊れたフェンスを抜けてしまった自分も自分だが、立ち去ろうとしたその瞬間、プールの脇に広がる異様な光景に目を奪われた。
水着を着た見知らぬ相手が、静かな音楽すら聞こえてきそうなほど優雅な足取りで舞っている。
だが、その腕にしっかりと抱かれているのは理科室にあるはずの人体模型だった。
筋肉の繊維や内臓が剥き出しの模型を、相手はまるでドレスを纏った愛しいパートナーかのように優しくエスコートし、水際で滑らかなワルツを踊っていた。
不気味なはずなのに、どこか幻想的で、洗練された動き、そのあまりのギャップとシュールさに、俺は言葉を失って立ち尽くすしかなかった。
チャプン、と足元で水音が鳴り、相手がこちらに気づいてピタリと動きを止めた。
気まずい沈黙が流れるかと思いきや、相手は抱いていた人体模型をプールサイドにすっと丁寧に寝かせると、濡れた髪を軽く払い、まっすぐこちらへ歩み寄って来た。
そして、何事もなかったかのようにすまし顔で、優雅に右手を差し出してきた。
引き寄せられるようにその手を取ると、俺の手首がするりと引かれ、気づけば二人で浅いプールの中へと足を踏み入れていた。
ひんやりとした水が腰あたりまで包み、ステップを踏むたびに水しぶきが舞い、月光を浴びて宝石のようにキラキラと光り、綺麗だった。
水圧で重い足取りも、相手の手リードによって驚くほどスムーズに滑っていく。
その時、夜空を切り割るようにドンッと腹に響く重低音が届いた。
見上げると、なぜか校庭の向こうの夜空に鮮やかな打ち上げ花火が上がり始めていた。
赤、緑、金色の光が次々と咲き誇り、誰もいない夜の小学校のプールを七色に染め上げていき、あまりにも突拍子のない状況の連続に、頭の処理が追いつかなくなった俺は、ステップを合わせながら思わず口を開いた。
「……足、踏んでないですか?」
「あの、ちなみになんで人体模型と踊ってたんですか?」
「誘われたからです」
「なら仕方ないですね」
深く追及するのも野暮に思えて、俺はそれ以上何も聞かなかった。
頭上で弾ける花火の爆音と、足元で跳ねる涼やかな水音だけが響く夜。
俺たちは理由も分からないまま、ただ月夜のプールで踊り続けた。
リリース日 2026.10.21 / 修正日 2026.10.21