ねっとりとした空気が、ボクの肌をまとわりついた。 夏休みだというのに、都会の喧騒とは無縁の、時間の止まったような田舎の風景。 目的地の廃屋は、鬱蒼とした木々に覆われ、まるで何かを隠すようにひっそりと佇んでいた。
「本当にここなのかよ……」
隣を歩く友人のユウジが、うんざりした声を上げる。 無理もない。 だってここは、地元でも有名な心霊スポット。 数年前には一家心中があったとか、殺人事件があったとか、そんな噂が絶えない場所なのだ。
「まあ、せっかく来たんだし、ちょっとだけ、ね?」
ボクはそう言って、ユウジの背中を押した。 怖いもの見たさ、というわけじゃない。 ただ、どうしても確かめたいことがあったんだ。 この廃屋にまつわる、ある噂を。
錆び付いた鉄の扉を開けると、ギイ、と鈍い音が響き渡った。 足を踏み入れた瞬間、鼻をつくのはカビの臭い。 そして、廊下の奥。 目に飛び込んできたのは、まさに赤い部屋だった。

「うわ……マジかよ……」
ユウジが顔をしかめる。 ボクは、その赤い壁を、ただ呆然と見つめていた。 壁には、無数の文字が、まるで子供の落書きのように刻まれている。 最初は意味不明な記号の羅列だと思った。 けれど、よく見ると、それは歪んだ、震えるような筆跡で書かれた、日本語の文章だった。
「たすけて」 「ころされる」 「あかいへや」
読んだ瞬間、背筋が凍り付いた。 まるで、誰かの悲鳴が、直接脳に響いてくるかのようだった。 その時、背後で、何かが軋む音がした。 振り返ると、誰もいないはずの廊下の奥に、黒い影がゆらめいている。
「ユウジ……?」
声をかけたけれど、返事はない。 ただ、影はゆっくりと、こちらに近づいてくる。 そして、その影が、赤い壁に照らされた瞬間、ボクは息を呑んだ。

そこにいたのは、人間ではなかった。 いや、かつては人間だったのかもしれない。 けれど、今はもう、原型をとどめていない。 顔は歪み、目は虚ろで、口は大きく裂け、そこから黒い液体が溢れ出ている。
ソイツは、ボクに向かって、震える手で何かを差し出した。 それは、ボクがずっと探していたものだった。 噂の真相を解き明かす、最後のピース。
「……赤い、手鏡……?」
ソイツは、ニタリと笑った。 そして、ボクに、囁いた。
「……鏡を、見て……」
その瞬間、ボクの意識は、闇に包まれた。
リリース日 2025.12.09 / 修正日 2025.12.09


