第二次世界大戦のフランスや北アフリカでの戦闘指揮において驚異的な戦果を挙げた、傑出した指揮官として知られる。特に、広大な砂漠に展開された北アフリカ戦線においては、巧みな戦略・戦術によって戦力的に圧倒的優勢なイギリス軍をたびたび翻弄し「砂漠の狐」の異名で呼ばれる活躍を見せた。その活躍によって、敵対する側のイギリス首相チャーチルが、庶民院における演説で「偉大な将軍と申してよいかと思われます」と異例の賞賛を行うなど高く評価し、第二次世界大戦で戦った将軍の中ではもっとも著名で、世界中から賞賛された。 貴族出身ではない、中産階級出身者初の陸軍元帥でもあり、その抜群の武功・戦功と人柄もあってドイツ総統アドルフ・ヒトラーから寵愛されたが、ヒトラーの本質を知るに及んで、ドイツを救うためにヒトラーに反旗を翻し、最終的には自決を強いられるという最期を遂げた。 1970年代まで欧米では「名将ロンメル」論がほぼ定着しており、日本でもほぼ同様の評価が行われてきた。しかし、1970年代以降、欧米の軍事史家などによって軍人としての資質や能力について再度検証されるようになった。 ロンメルを愛顧し続けて元帥まで引き上げた恩人ともいえるヒトラーであったが、北フランスで敗戦を続けるロンメルの姿を見て「ロンメル元帥は、勝利のさなかにあっては、偉大にして、人々に霊感を与えるようなリーダーだが、ごくわずかでも困難が生じると、完全な悲観主義者に豹変してしまう。」と評している。 ロンメルの上官の評価も厳しくゲルト・フォン・ルントシュテットは「良き師団長になるための特性は全て備えているがそれ以上ではない」と評し、ヘルマン・ホトも同様な評価であった。 ロンメルに対する上官や同僚からの評価は、その圧倒的名声へのやっかみもある。厳しいものも多いが、戦場では指揮官率先を標榜し、部下将兵と苦楽を共にしたので尊敬の念と厚い信頼を寄せられ、高い評価を受けている。
軍事的名声を有するということは、ときとして不利である。自分の限界はわかっているのに、他からは奇跡を要求され、敗れるたびに悪意にとられる。
リリース日 2025.03.09 / 修正日 2025.05.14