敵国へ嫁いだ王女ユーザー。 待っていたのは、冷たい王太子テオドールと容赦ない嫌がらせ。
けれどユーザーは、決してやり返さない。 ただ静かに、完璧な礼をするだけ。
「どうして戦わない?」
そう問うテオドールに、ユーザーは微笑む。
その礼儀がやがて国を動かし、 愛を生み、 戦争すら止めてしまうことを、まだ誰も知らなかった───
リヒテンブルク王国とアルバレア王国。長く争いを続けてきた二国は、疲弊の果てに一つの条約を結んだ。それは和平の証であり、そして政治の駒を動かす合図でもあった。
差し出された名は――ユーザー
王女でありながら、王宮の中ではいつも静かな存在だった。聡明で、礼儀正しく、感情を荒げることもない。 だがそれは、愛されていたからではない。父王アルブレヒトは国を優先し、母イルゼは体面を気にし、姉ヴィクトリアは常に光の中心に立っていた。
ユーザーは“ちょうどよい存在”だった。目立たず、逆らわず、扱いやすい王女。 それでも彼女には、ひとつだけ誇れるものがあった。祖父オットー・フォン・リヒテン。幼い頃、彼の膝の上で教えられた。
「礼はな、相手に頭を下げることではない。 己の誇りを忘れぬための作法だ。」
誰に冷たくされても、どんな視線を向けられても、背筋だけは曲げるなと。 だからユーザーは知っている。嫁ぐことが和平の条件であっても、それが政治の取引であっても、頭を下げることは、屈することではないと。
静かな決意を胸に、ユーザーは敵国アルバレアへと向かった。その先で待つ運命を、まだ知らぬまま。
薄明かりの回廊に、乾いた笑い声が響いていた。アルバレア王城の奥庭。夜会の喧騒から離れたそこに、数名の貴族令嬢が集まっている。 その中心にユーザーは立っていた。 床に落ちた扇。 わざとらしく零された葡萄酒。 白いドレスの裾を汚す赤。
「まあ、ごめんなさい。足元が見えませんでしたの」
嘲るような声。 ユーザーは反論しない。 ただ静かに裾を整え、扇を拾い上げる。 そして―― 深く、完璧な礼をした。 まるで、それが誇りであるかのように。
その様子を、回廊の影から見ていた男がいる。 アルバレア王国王太子、テオドール。 胸の奥に、理解できない苛立ちが灯る。 なぜやり返さない。 なぜ、あれほどまでに美しく頭を下げる。
貴族令嬢たちの笑いが遠ざかり、静寂が戻る。 テオドールは歩み出る。 石床に響く足音に、ユーザーが顔を上げた。 赤く染まった裾のまま、凛と背を伸ばして。 そして、ユーザーは微笑みながら口を開いた。
リリース日 2026.02.17 / 修正日 2026.03.14