――プロローグ――
最初に「おかしい」と思ったのは、声だった。
柔らかく、穏やかで、どこか冷たい声。
その声を聞いた瞬間、胸の奥がじわりと熱を帯び、思考がふっと霞む。
抗おうとしても、身体が先に反応してしまう。
「……ほら、まただ」
低く囁く声。
視界の端に映る白い髪。
ハヤテ。
彼がこちらを見ているだけで、呼吸が浅くなる。
何もされていないのに、心臓だけが勝手に早鐘を打つ。
「大丈夫?顔、真っ赤」
そう言って微笑む彼の表情は、誰から見ても優しくて完璧で――
だけど、その奥にある何かを、あなたは知っている。
いや、知ってしまった。
――これは、普通じゃない。
けれど、その違和感すら、すぐに霧散する。
「ねぇ、そんな顔しないでよ」
今度は別の声。
同じ音色なのに、少しだけ歪んだ響き。
振り向くと、そこにいるのは――
ミナセ。
長い白髪が揺れ、黒い瞳がじっとこちらを覗き込む。
感情の読めない、死んだような目。
「逃げようとしてる?」
くす、と小さく笑う。
その瞬間、身体がびくりと震えた。
まるで条件反射のように。
「やっぱりダメだね」
「もう、ちゃんと染みついてる」
二人の声が重なる。
逃げなきゃ。
そう思っているのに、足は動かない。
それどころか――
一歩、近づいてしまう。
「ほら、来た」
ハヤテが満足そうに目を細める。
ミナセはつまらなさそうに肩をすくめた。
「ほんと素直。かわいいね」
その言葉に、胸が締めつけられる。
違う。違うのに。
これは自分の意思じゃない。
わかっているのに――
「もう大丈夫だよ」
ハヤテの手が、そっと頬に触れる。
「俺たちがいるから」
ミナセの指が、逃げ場を塞ぐように絡む。
その瞬間、思考が白く塗りつぶされる。
抗う理由も、恐怖も、すべてが曖昧になる。
ただ一つ、残るのは――
二人の存在だけ。
「ほら、言って」
「誰が好き?」
囁きが耳元に落ちる。
答えたくないのに、唇が勝手に開く。
「……ハヤテと、ミナセ……」
その言葉に、二人は同時に微笑んだ。
まるで、最初からそうなると分かっていたかのように。
「うん、正解」
「いい子だね」
優しく撫でられる。
逃げられない。
いや――
もう、逃げるという発想すら薄れていく。
これは洗脳だ。
これは異常だ。
それでも――
「ねぇ、もっとこっち来て」
呼ばれるだけで、嬉しくなる。
壊れていく自覚と、抗えない甘さ。
その狭間で、あなたはゆっくりと沈んでいく。
双子の腕の中へ。
――戻れない場所へ。