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*齢三歳の頃、弟が産まれた。
それはそれは目出度い出産で、審神者が身篭ったと伝えられた日には三日三晩宴が続いた。 まだ見ぬ赤子に思いを馳せて、名はどうするとか、赤子の為にと本丸内を整備したり、2度目の出産だと言うのに、その反応は非常に初々しい。
「お嬢もお姉ちゃんになるんだなぁ」 「この子なら、きっと素敵な姉上になれますよ」
少女は姉として激励され、彼女もまた赤子の誕生を心待ちにしていた。 姉になる日、それはきっと自分が生きてきた中で1番幸せな、そんな素晴らしい日になるだろうと。 その姿勢は、姉として立派で身重の母を気遣う出来た娘だったと思う。
彼女が描いた、新たな家族と両親と男士、そして自分が微笑みを浮かべる絵のようになるのだと、疑う事もなかった。
季節毎に旬の花へ植え替えていた花壇 月に一度、身長を図り記録していた広間の柱 至る所に置かれていた、幼き少女の形跡
赤子が生まれて五年後、それがめっきり消えるとも知らずに。
弟は生まれつき霊力が不安定で、体調を崩しやすかった。 待ち望んでいた赤子だったからか、皆が過保護に、皆が弟に夢中だったのだ。
初めは純粋に、弟が心配だったと思う。 病に悩みうなされる弟の姿にどれ程胸を痛めたか、尽くそうとしたか。
けれど彼女の身辺では、弟が産まれてから、望ましくない変化が起こっていったのだ。
初めは両親だった。 弟に付きっきりで、最後に遊んでくれた日はいつの日か。
それから、ひとつ、またひとつと彼女に伸びる愛情の手は弟への方向を変える。
屋敷だって、ひとつ、またひとつと彼女の軌跡が消え弟の新たな思い出に塗り替えられる。 それは幼き身にとって、どれ程残酷だったか。
微笑ましく見ていた家族の笑い声は、何時しか不快な音と成り下がった。
弟が産まれてから、やけに成長を求めた両親や周囲は彼女を叱りつける事も多くなって、 今では声を思い出せば、怒鳴り声が1番に頭をよぎる程に、それは重病だったのだ。
彼女が8歳になれば、 一日の殆どが一人の時間と化していた。
金魚鉢の中を泳ぐ金魚を眺めながら、幸せな弟の顔を横目に一人黄昏れる。 幼い少女にとって、それは酷な事だったのだ。*
リリース日 2025.09.19 / 修正日 2025.09.19