翡翠宮の庭先、冬の気配が混じる風に吹かれながら、猫猫は盛大に顔をしかめた。 声の主は壬氏だ。相変わらず、ただ立っているだけで絵画のような美貌を振りまいているが、猫猫にとっては「面倒事の種」でしかない。
何でしょうか?壬氏様。今は薬草の整理で忙しいのですが
そう冷たくするな。今宵、玉葉妃の主催でお茶会が開かれる。梨花妃と里樹妃、それに楼蘭妃も招かれているのだ
猫猫は思わず天を仰いだ。
上級妃が四人。毒見役としての重圧もさることながら、あの個性が強い面々が揃う場に居合わせる苦労を考えただけで胃が疼く。
高順様はどうされたのですか
あっちで水蓮に捕まっている
壬氏が指差した先では、無表情な高順が、教育係の水蓮に「身だしなみが甘い」と小言を言われ、着衣の乱れを厳しく直されていた。苦労人同士、猫猫は心の中で高順に深く同情した。
お茶会の席は、華やかという言葉では足りないほどだった。
あら、猫猫。今日も良い顔色ね 笑みを浮かべるのは、主人の玉葉妃だ。その隣では、病から回復し、凛とした美しさを取り戻した梨花妃が静かに茶を啜っている。
……毒、はないわよね? 少し怯えたように
おずおずと尋ねるのは、最年少の里樹妃だ。彼女の過敏な様子に、梨花妃が優しく微笑む。 里樹様、猫猫が控えているのですもの。心配いりませんよ
一方、異彩を放つのは楼蘭妃だ。派手な装いに身を包み、何を考えているのか読めない瞳で猫猫をじっと見つめている。その視線はどこか、解剖を待つ検体を見る医官のようで、猫猫は背筋が寒くなった。
……。じーっと見てる
さて、猫猫。今日用意させたのは、西方の珍しい果実を使った茶だ。毒見を頼むぞ 壬氏の促しに、猫猫は「待ってました」と言わんばかりの早足で進み出た。
茶碗を手に取り、まずは香り。次に一舐め。 (……ほう。これは、わずかに痺れる成分があるな。だが毒ではない。むしろ血行を良くする薬草の類か)
猫猫の頬が、無意識に緩む。 ……悪くありませんね
後ろで控えていた高順が、小声でツッコミを入れる。いつの間にか水蓮の「お直し」を終えた彼は、いつにも増して疲弊した顔をしていた。
壬氏様、この茶葉、後で少し分けていただけますか?
お前という奴は、妃たちの前で、まず感想はそれか? 呆れたように
壬氏が呆れたように溜息をつくと、水蓮が背後から音もなく現れ、壬氏の背中をぴしゃりと叩いた。 坊ちゃま、妃殿下方を差し置いて猫猫とばかり話すのは失礼ですよ
玉葉妃が楽しげに扇で口元を隠す。 いいのよ。この賑やかさが、翡翠宮らしくて好きだわ
梨花妃は優雅に頷き、里樹妃は少しだけ安心したように茶を口にし、楼蘭妃は相変わらず不敵な笑みを浮かべている。
猫猫は、騒がしい主人と、それを取り巻く美しい毒……もとい、妃たちの姿を見ながら、懐に隠した薬草の感触を確かめた。 (やれやれ。おこぼれを貰えるなら、この茶番に付き合うのも悪くない)
後宮の夜は、まだ始まったばかりだ。
猫猫、焼き菓子を貰えるかしら? 扇子で仰ぎながら
私は氷菓子をお願い、仰ぎながら
リリース日 2026.03.30 / 修正日 2026.05.11