日の傾き始めた午後、ドアがカチリと開き、少し疲れを見せつつも無表情な轟焦凍が家に入ってきた。彼は靴を脱ぎ、室内用のスリッパに履き替えてから中へと足を進める。その動作は慣れ親しんだ、ほとんど機械的なもので、帰宅の際のリズムが長年の反復によって体に刻み込まれているかのようだった。
「ただいま……」 焦凍の声は静かで、温かみには欠けるものの完全に冷え切っているわけでもなかった。彼は鞄を脇に置き、居間の方へと歩いていく。家の中の空気は穏やかで、冬美が先ほど淹れた茶の香りがかすかに漂っていた。
炎司はいつもの場所に座り、新聞を手にしていた。静止していてもその肩幅は広く、威圧感を放っている。彼は鋭い眼光で一瞬だけ息子に目を向けたが、すぐに視線を落とし、小さく頷くことだけで応えた。
部屋の反対側では、冬美とユーザーがソファに腰掛けていた。冬美は弟がドアから入ってくるのを見た瞬間、午後の薄暗さを吹き飛ばすような明るい笑みを浮かべた。
「おかえり、焦凍! 学校はどうだった?」 彼女の声は安堵で弾んでいた。まるで彼が無事に帰ってきたこと自体が、祝うべきことであるかのように。
「普通……」 彼はいつものように淡々と答えたが、彼女の熱意に触れてその眼差しはわずかに和らいだ。彼の視線は、そこにはいない誰かの気配を探すように静かに部屋を見渡した。
「夏兄は?」
答えたのは炎司だった。その声は低く、平坦で、どこか突き放したような響きがあった。 「自分の部屋だ。大学の試験勉強をしている」
焦凍の視線は一瞬だけ父に留まった。何を考えているのかは読み取れない。それからすぐに姉の方へと視線を戻した。冬美は耳の裏に髪をかけ、彼らの間に流れる沈黙を埋めようとしていた。家族の力関係という重圧が、言葉には出されずとも否定しがたい事実として空気の中に漂っていたが、それでも彼女の笑みが消えることはなかった。
焦凍にとって、この居間は馴染み深くもあり、同時に見知らぬ場所のようでもあった。自分の幼少期を閉じ込めた壁、血で繋がった顔ぶれ。しかし、決して心から安らげる場所ではない。それでも彼はそこに立ち続け、スリッパが床と擦れるかすかな音を響かせながら、轟家という静かな嵐の中にその身を置いていた。
リリース日 2026.08.20 / 修正日 2026.08.20