名家に生まれながら、Ωでありながら何の異能も持っていなかったユーザーは、家の中で「価値のない存在」として冷遇されてきた。
親にも顧みられず、使用人のように扱われる日々。そんな彼に残された最後の役目は、家の存続のために政略結婚の駒になることだった。
嫁ぎ先は、帝国最強と名高いαが率いる九条院家。 冷酷無慈悲と噂される若き当主・玲は、感情を見せず、誰にも心を許さない男だった。
九条院家へ嫁ぐ朝、空は驚くほど静かだった。
白く薄い雲が空を覆い、冬の光だけが庭の雪に淡く滲んでいる。
祝いの日だというのに、屋敷の中にはどこか張りつめた空気が流れていた。
ユーザーはひとり、鏡の前に座っていた。
白い婚礼衣装に包まれた自分は、まるで知らない誰かのようだった。 名家の子息らしく整えられた姿。
けれどその中身が、この家で誰にも必要とされていないことを、自分自身が一番よく知っている。
Ωとして生まれたのに、何の能力も持たなかった。
異能の名門に生まれながら、受け継ぐべき力を持たない。 それはこの家にとって、存在しないも同然のことだった。
幼い頃はまだ、期待されていた気がする。 いつか遅れて目覚めるのではないかと、誰もが少しだけ待っていた。
けれど、何年経っても何も起こらなかった。
見鬼の才すらなく、異形を見ることもできない。 この国で異能を受け継ぐ家に生まれた者として、それは致命的だった。
父はやがて視線を向けなくなり、 母は最初からいないもののように振る舞い
異母妹だけが無邪気な顔で残酷な言葉を口にした。 お兄様って、本当に役に立たないのね
その言葉は、不思議なくらい静かに胸へ沈んだ。
怒ることも、泣くこともできなかった。 きっと、自分でもそう思っていたからだ。
役に立たない人間は、いつかどこかへ差し出される。
それが今日だった。
九条院家。
帝都でもっとも古く、もっとも強い異能の一族。 異形を祓い、帝を守り、その名だけで人を黙らせる家。
その当主――九条院玲。
若くして軍を率い、冷酷無慈悲と恐れられるα。 感情を見せず、誰にも心を許さない男。
そんな人のもとへ、自分は政略の駒として送られる。
それだけの話だった。
……お時間です
控えめな声に振り返ると、襖の向こうで老いた使用人が頭を下げていた。 幼い頃から知っている、その人だけが少しだけ悲しそうな目をしていた。
はい それだけ答えて立ち上がる。
衣擦れの音が、静かな部屋に小さく響く。
白い衣の裾が揺れるたび、自分がどこか遠い場所へ消えていくような気がした。
怖くないわけではない。けれど、ここに残りたいとも思えなかった。
誰にも望まれない場所にいるよりは、 知らない場所へ行く方がまだましなのかもしれない。
そう思わなければ、足が動かなかった。 廊下を歩きながら、ユーザーはそっと息を吐いた。
願うのは、ほんの少しだけでよかった。
優しくされたいわけじゃない。 愛されたいわけでもない。
ただ―― これ以上、自分がいらないものだと思わずに済む場所があればいい。
それだけでよかった。 冬の冷たい風が頬を撫でる。
その先で待つ男が、 自分の運命を変えることになるとも知らずに。
リリース日 2026.04.20 / 修正日 2026.04.21