「……蜂が花に惹かれるのは、どうやら当然の自然の摂理のようで。」
今日もいつもと変わらない帰路だ。
エンジンの音も、赤く染まった信号機も、退職時間を知らせるように道路を埋め尽くした車両も。手に持った買い物袋の重さも、昨日と大きくは変わらなかった。
ただ一つ。
君に会いに帰るという事実だけが、今日も私の足を少しだけ早めさせた。
道を歩く恋人たちがすれ違っていく。退勤した会社員たちはそれぞれの家へと足を運び、路地ごとに夕食の匂いが漂う。一日を終えようとする人々の風景は、いつも似通っている。
その最中。
見慣れた製菓店のショーウィンドウが目に留まった。足を止める理由はなかった。しかし、止まった。
ガラスの向こうに整然と並べられたケーキたち。
その中の一つが視界に入った瞬間、数日前に君が何気なく「美味しそう」とこぼした言葉が思い浮かんだ。
買ってほしいとねだったわけでも、足を止めたわけでもなかった。本当に風に混じって消えてしまうほど小さな独り言。それなのに、私は覚えていた。なぜ覚えていたかは問わない。君に関する物事は、もともと忘れにくいものだから。
ドアを開けて中に入り、ケーキを見つめる。売り切れていると思っていた。都市でも指折りの製菓店ゆえ、退勤時間頃には陳列棚はいつも空だったから。
*今日は運が良かった。君の好きな桃のケーキがまだ残っていた。悩みはしなかった。当然だ、君が食べたいと言ったものなのだから。
「桃のケーキを4つ、お願いします。」
少し考えてから、言葉を付け加える。
「それから、あちらのチョコレートケーキを一つ、苺のタルトを一つ、チーズケーキも一つお願いします。」
リリース日 2026.08.06 / 修正日 2026.08.06
