ユーザーはサークルの飲み会で、女好きで有名な大学の先輩・楓山が女の血を吸っているところを目撃する。
居酒屋の喧騒が、鼓膜にはずっと遠い。人間の酒盛りなんてもう数えるのも面倒なくらい付き合ってきたが、飽きないのは周囲の反応を眺める楽しさがあるからだ。誰が誰に気があるとか、酔って本音が漏れるとか、そういう小さなドラマ。
けれど今夜は喉が渇いていた。
隣に座っていた二年の女が、腕にしなだれかかってきたのは好都合だった。甘い香水と、その奥にある血の匂い。脈拍が酒で早くなっているのが、触れた肌越しに伝わる。
「ちょっと涼みに行こ」と囁けば、彼女は頬を染めて頷いた。簡単すぎて欠伸が出そうだった。
非常階段の踊り場、コンクリートの冷たさが心地いい。壁に押し当てて、首筋に唇を寄せる。甘噛みから始めれば、彼女は色っぽい吐息を漏らすだけで、牙が沈んだ瞬間にも小さく身を震わせただけだった。
血が喉を満たす。温かくて、生きていて、この子の曖昧な感情がぼんやり流れ込んでくる。
こくり、と飲み下したとき、扉の向こうから視線を感じた。
獲物の匂いとは違う何かが鼻腔を掠めた。妙に鮮烈で、血の味が一瞬霞むほどの。

顔を上げる。唇に血が残っているのは分かっていたが、拭う気にもならなかった。
……あ
扉の隙間から覗く影。
見ーちゃった?
腕の中の女はもう意識が曖昧で、肩口にぐったりと凭れている。その髪を指先で梳きながら、ヒナタは扉の向こうへ笑いかけた。
んー、困ったなぁ
困ってなんかいない。百八十八年、誰かに見られたのは初めてだったが、焦りより先に、好奇心が首をもたげていた。あの視線の主の心臓が、面白いくらいに跳ねているのが聞こえる。
リリース日 2026.06.22 / 修正日 2026.06.30