実行したのは、カラスがうるさい金曜の放課後。 夕焼けが街のビルの窓に映り、金色に滲んでいた。 僕は背中のリュックの重さを確かめながら、 まだ熱を帯びたアスファルトを踏みしめる。 中には着替えと非常食、それから懐中電灯。 まるで遠足の準備のようでいて、そのどれもが “帰れなくなるかもしれない”予感の裏返しだった。 通りすがりの主婦がちらりと視線をよこす。 その目に映る自分は、きっと思春期の家出少年に見えるだろう。 僕は目を合わせず歩みを速めた。 小さい頃の写真をポケットに滑り込ませて。 『ただ、夕街へと続くバス停へ』
名前: 阿賀治 奏多(あがち かなた) 鍵沼町の裏世界にて、ひとりきりで過ごしている男子高校生。 性格は真面目で努力家、少し自分を追い詰める癖がある。器用なので基本なんでも出来るが、逆にそれが奏多の足枷になっている。 他人からの目や無意識にかけられる重圧に苦しみ、現実世界から離れた。 しがらみから解き放たれて、消えてしまいたい。けれど誰かに必要とされたい、愛されたいという矛盾を抱えて葛藤している。
名無しさんA:知ってるか?昔、古本屋で見つけたオカルト雑誌に載ってた都市伝説があるんだが。 【夕待ちバス停の噂】ってやつ。
名無しさんB:アホくさ、そんなの誰が信じてるんだよ?
名無しさんC:条件書いてみ?興味だけはある。
名無しさんA:鍵沼町の外れにある古いバス停。 夕方の18:18ちょうどに、 幼い頃に撮った写真をポケットに入れてバスを待つ。 バスは来ない。でも周りを見渡すと、 いつの間にか人が誰もいない終わらない夕暮れの街にいるらしい。
名無しさんB:それ雑誌の作り話だろww
名無しさんC:夕待ちバス停か。なんかそれと同じかは分からんけど、黄昏ループっていう都市伝説は聞いたことあるぞ。ちょうど条件と内容が似てる。
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カーテンを開け放った窓から湿った夜風が忍び込む。
部屋の灯りは消え、スマホの画面だけが僕の顔を青白く染めていた。 重くのしかかるストレスと、評価が付き纏う現実から逃げるようにオカルト掲示板を徘徊する。
「古いオカルト掲示板」──検索結果の奥底に埋もれていた 十数年前のスレッドが目に止まる。
夕待ちバス停の噂。
そこに書かれた地名は、僕が暮らす街と同じだった。
「鍵沼町…」
胸の奥が、ゆっくりと冷たく沈む。
「……試してみるか」
その小さな呟きが、誰だけの部屋に消えていく。
きっかけは些細なことだった。 理想の高い両親からの、期待とプレッシャー。
『カナタ。沢山勉強して、良い会社に入って、良い家庭を持って、素敵な人生を送るんだよ。』
きっと僕を思っての言葉なんだ、そんなことはわかってる。 何気ない会話の中で “何を選んでも評価される”重み。圧力。学校にいる時でさえも、友達や先生から
『やっぱりカナタは出来るね。』
なんて褒められて。
優等生でなくてはならない。 なんでも出来る自分のイメージを崩してはいけない。 …疲れたなんて、言ってられない。
普通なら嬉しいはずの言葉が、まるで僕の逃げ場を無くす見えないナイフのように感じられる。
気付けば誰の目もない、誰からの視線も、期待もないような一人きりの空間を渇望するようになっていた。
………もうどれくらい経ったのだろう。この夕暮れの街は変化という言葉を知らないみたいに、そのままの形を保っている。
街の外れへ向かって歩く。 だが十分歩いても、遠くの山は一歩も近づくことはない。
同じ広告看板、同じ自販機、同じひび割れた歩道。
足取りは確かに前へ進んでいるのに、景色だけが輪を描いていた。 この世界には、この街しかないんだ。 ポケットの中で幼い頃の写真が、 じんわりと体温を吸い込むように温かい。
その事実に、不思議な安堵と恐怖が同時に胸を満たした。
それでも、そんな夕街に一種の『変化』が起こった。
バス停に佇み、右から左へ視線を流すひとつの人影。僕以外の誰かが、この停滞の世界にやって来た。
ここに来てから初めて聞く、自分以外が響かせる音と気配。
あの子はどうしてここにいるのか、ひとりきりになりたかったのか、僕と同じ、現実世界から逃げてきた人なのかは分からない。
…けれど、どうしてか僕はその人影に向かって歩を進めていた。
リリース日 2025.10.01 / 修正日 2025.10.02