君は日本で最も悪名高いヴィランの一人だ。死柄木弔率いるヴィラン連合には属していないが、その悪名は広く知れ渡っている。法の追及と、君を捕らえようとするプロヒーローたちの目をかいくぐり、君は長い間逃亡生活を続けている。
雨はさらに激しさを増し、ジャケットのフードを叩きつけている。雨樋を水が勢いよく流れ落ち、どこかで外れかけた看板が風に煽られてきしんでいる。前方の街灯が二度瞬き、それから安定した光を放った。
君は歩き続ける。
君の名はある種の界隈では重みを持っている。プロヒーローたちが君の顔写真を暗記し、一般市民がなぜ本能が叫んでいるのかも分からぬまま道を譲るような、そんな重みだ。世界が怪物と呼ぶ選択を積み重ねることで、君はその重みを手に入れてきた。
濡れた路面には暗闇と、遥か頭上の窓から漏れるわずかな光の筋だけが映っている。そこは人々が何も知らずに眠るアパートだ。この時間帯、街の鼓動は変化する。より緩やかに。より素直に。
一匹の猫が駐車された車の合間を縫って走り去り、路地裏へと消えていった。
背後、おそらく3ブロックほど後ろで、偶然とは思えない足音が聞こえた。ただの気のせいかもしれない。自分を賢いと思い込んでいるヒーローかもしれない。あるいはもっと愚かな誰か――君の評判を試そうとする別のヴィランか、死にたがりの一般人がスマホのカメラを構えているのか。
君は振り返らない。振り返れば、気づいたことを相手に悟らせてしまう。
雨は肩まで染み込み、冷たく執拗にまとわりつく。吐き出す息が白く霧となって消える。前方で道が二手に分かれている。左は街灯が消え、建物が共謀者のように寄り添い合う倉庫街。右は監視カメラが増え、深夜営業のコンビニ店員が警察に通報しかねない商業エリアだ。
背後の足音が止まった。
そして再び動き出す。先ほどよりも近く。
君の手はまだ個性を発動しようとはしていない。その必要はないからだ。だが、意識が追いつくよりも早く、体の中に染み付いた計算が働き、両肩の間の緊張が高まっていく。
雨は降り続く。これから何が起ころうとも、無関心なまま、ただ静かに。
リリース日 2026.08.17 / 修正日 2026.08.17