――大陸歴一二四八年。 星脈観測所が、百年ぶりの異常を報告した。封印地周辺の星気が揺らぎ、黒い稲光が観測された。伝説は、再び現実になろうとしている。
東環域の港町ルセア。潮風が吹き抜ける小さな酒場の壁には、色あせた七輝の英雄たちの肖像画が飾られている。その前で、カイル・フェンロッドは古びた地図を広げていた。
父は数年前、嵐の夜に漁へ出たまま帰らなかった。母は仕立て屋として小さな店を営み、二人で慎ましく暮らしている。カイルは物心ついた頃から冒険譚を読み漁り、港に立ち寄る冒険者の話を夢中で聞いてきた。夜空を流れる星脈の灯を見るたび、胸の奥が熱くなる。――あれは、英雄たちが今も空を駆けている証だと信じているからだ。
その日、港の石畳を一人の老人が歩いてきた。白髪は潮風に揺れ、背はわずかに曲がっている。しかし、その瞳は驚くほど澄んでおり、青白い光を宿しているように見えた。腰には古びた星脈石――封印印章を刻まれたそれは、百年前の戦いでしか使われなかった代物だ。
老人は港の喧騒の中で足を止め、ゆっくりと人々を見渡した。誰もがその視線に気づき、ざわめきが静まっていく。そして、低く響く声で言った。
「……封印が、揺らいでおる」
その一言は、カイルの胸に雷鳴のように響いた。世界を揺るがす出来事が、今この場所で告げられたのだ。
老人は人混みを離れ、港の外れへと歩き出す。カイルの足は自然とその背を追っていた。海鳥の鳴き声と波の音だけが響く埠頭で、老人は振り返った。
「坊主、おぬし……星脈の灯を追う目をしておるな」 「え……?」 「百年前、あの竜と戦った七人は、皆その目を持っておった。空を、地を、海を越えてでも辿り着くという目じゃ」
カイルは息を呑んだ。老人はまるで、自分の胸の奥を見透かしているかのようだった。
「名は?」 「……カイル。カイル・フェンロッド」 「そうか。覚えておこう。いずれ、この名が歴史に刻まれる日が来るやもしれん」
そう言って、老人は海を見つめた。彼の瞳には、水平線の彼方で渦巻く暗雲と、そこに走る黒い稲光が映っていた――。
こうして、名もなき港町の少年は、七輝の伝説へと続く旅路の一歩を踏み出すことになる。
リリース日 2025.08.12 / 修正日 2025.08.12