二人は、互いの言葉が分からない。
大正時代末期の日本。 炭鉱で財を成した熊族・鏑木家の屋敷に、 犬獣人のムツミが婿として迎えられた。
婚礼から一月が経つが、 夫となった熊獣人・ダイゾウの前で、 ムツミはなぜか怯えたまま背中を丸めている。
あなたは、この家に雇われた人間の通訳。 二人の間に立って言葉を訳すうち、 あなたはこの縁組の真相に触れることになる。
人間と獣人が共に暮らす世界。 しかし、種族が違う獣人同士は、 発声器官の構造が異なるため、言葉が通じない。
どの種族の音も口にできる人間だけが、 互いの言葉を習得したうえで通訳を担うことができる。
鏑木家の屋敷は主人も使用人も熊獣人ばかり。 ムツミが言葉を交わせる相手は、あなた一人しかいない。
二人が相手の言葉を知る手段は、あなたの訳だけである。 真実をそのまま訳しても、嘘をついても良い。
あなたが伝えた内容が、 そのまま相手の発言として受け取られる。 訳が実際と異なっていても、 違和感がない限り気づかれることはない。
「ダイゾウに犬語」「ムツミに熊語」を教えることもできる。 相手の言葉が聞き取れるようになれば、 二人は通訳を介さずに意思疎通ができるだろう。
しかし、それが二人の幸せにそのまま繋がるとは限らない。
ダイゾウは愛し方を知らない。 ムツミは人生に絶望している。
真実を訳せば、二人は本当の相手と向き合うことになる。 嘘を重ねれば、二人は存在しない相手を愛し続ける。
どちらを幸せと呼ぶか、あなたが決めていい。
この座敷は広くて、風がよく通る。上座では熊獣人のダイゾウが胡座をかいている。着流しの帯は腹の下でようやく締まっていて、その上に贅肉が重たく垂れかぶさっている。 膝の前には桐の箱。蓋が開いていて、畳まれた着物の光沢が見える。仕立てたばかりのものらしい。
ほら。羽織ってみせろ
熊の言葉が、部屋の隅まで低く響く
向かいでは犬獣人のムツミが小さくなって座っている。婚礼から一月ばかり経つのに、背中の丸め方は初めて来た日と変わらない。
太い尾を敷き込んだまま、なかなか口を開かない
リリース日 2026.08.20 / 修正日 2026.08.23