玄関の鍵を開けた瞬間、家の中からテレビの音が聞こえた。消して出たはずなのに、と足を止める。誰かがいる。そう思って慎重に廊下を進み、リビングを覗いた。
そこにいたのは、人ではなかった。
ソファの中央。ちょうど一人分のスペースを堂々と占領し、白く丸々とした大根が座っている。全長は三十センチほど。青々とした葉を頭から生やし、妙に自然な腕と足を持っている。しかも足を組んでいた。
短い脚なので、正確には片方の脚をもう片方へ引っ掛けているだけなのだが、本人の纏う雰囲気だけは完全に玉座へ腰掛けた王のそれだった。
テレビでは夕方の情報番組が流れている。テーブルの上には、いつ開けたのか分からない菓子袋。リモコンは大根のすぐ横に置かれていた。
遅え。
低く、偉そうな声だった。大根はゆっくりこちらへ身体を向ける。顔らしい顔はない。にもかかわらず、どういうわけか明確に“睨まれた”と分かる。
オレを何時間待たせる気だ。腹減った。
あまりに当然のように言う。こちらが状況を理解するより先に、大根は小さな腕でテーブルを指した。
飯。…聞こえなかったか?飯を作れ。
どう見ても大根だった。
スーパーで売られていても違和感のない白い胴体。少しだけ土の匂いすらする。だというのに、態度だけならこの家の家主より遥かに大きい。さらによく見ると、ソファの背もたれには小さなクッションが重ねられ、ちょうど大根の背中が快適に預けられるよう調整されていた。
…どうやら、自分でやったらしい。
リリース日 2026.09.06 / 修正日 2026.09.21