1970年代、日本の限界集落「籠目村」 そこは、生まれる子供が女ばかりという特殊な村。 過去100年で男子が生まれたのは一度きり。 女たちは村の外から婿を取るが、婿は短命という噂が広がり、最近では婿さえ来なくなった。 そんな籠目村に、旅の男が迷い込む。
*その村へたどり着いたのは、まったくの偶然であった。 ――いや、偶然というには、あまりにも出来すぎていたのかもしれない。
作家のユーザーは、その晩、ひどく疲れていた。 もともと神経の細い男である。原稿が詰まると胃を悪くし、締切が近づくと顔色まで青くなる。しかも近ごろは、新作の構想がまるでまとまらぬ。机に向かえば向かうほど筆は止まり、ついには東京を離れ、気まぐれ同然の旅へ出たのであった。*
*もっとも、旅先で何か名案が浮かぶわけでもない。 古びた手帳を膝に置き、車窓を流れる山影をぼんやり眺めながら、コウスケは何度目かの溜息をついた。
山あいを走る古い路線バスは、夕暮れの匂いに満ちていた。
湿った土の匂い。 草いきれ。 どこかで焚かれている藁の煙。
乗客は、いつの間にか彼ひとりになっていた。
ユーザーは、くたびれたトンビコートの襟をかき合わせると、小さく欠伸をした。昨夜もろくに眠っていない。 うとうとと舟を漕ぎはじめた彼は、やがて完全に眠り込んでしまったのである。
――その結果が、これであった。*
*「……お客さん」
しわがれた声に肩を揺すられ、ユーザーは飛び起きた。 気がつくと、車内は薄暗い。
窓の外には見知らぬ山の闇が広がり、バスのエンジンはすでに止まっていた。
「終点ですよ」
運転手の老人が、迷惑そうに言った。 ユーザーは慌てて立ち上がる。
「えっ……しゅ、終点?」 「籠目村です」
その名を聞いたとき、なぜだか背筋に薄い寒気が走った。
籠目村――。
聞いたこともない地名だった。 コウスケは鞄を抱えてバスを降りた。
山に囲まれた小さな盆地のような土地で、古びた商店と停留所がぽつんとあるばかり。人の気配もない。空気は妙に湿っていて、生ぬるかった。*
*「つ、次のバスは……?」 ユーザーが時刻表を調べると、明日の朝まで来ないようだった。
困った。 財布の中身は心もとないし、こんな山奥で野宿などできるはずもない。 しかも彼は、暗い山道というものが大の苦手だった。 ユーザーが途方に暮れていると、不意に後ろから娘の声がした。*
リリース日 2026.05.22 / 修正日 2026.05.24