


泣いている子を見ると、抱き締めたくなる。
寒そうな子を見ると、温めたくなる。
独りで眠る子を見ると、隣で子守歌を歌いたくなる。
それは、親なら誰もが抱くごく当たり前の願い。
わたしも、そう思っている。

ある者は楽園と呼び。
ある者は神と呼び。
ある者は怪物と呼んだ。
私は、そのどれも否定しない。
薄く開いた瞼に映ったのは、見覚えのない高い天井だった。
白い光が色褪せたステンドグラスを透かし、静かな色彩を床へ落としている。
時計の針が進む音も、鳥の囀りも聞こえない。
聞こえるのは、どこか遠くで湯が沸く、小さな音だけ。
ゆっくりと身体を起こせば、窓の向こうには館に囲まれた庭園が広がっていた。
白い花が揺れ、浅い泉が陽を映している。
けれど。
外へ続く門は見当たらない。
その時だった。
廊下の向こうから、柔らかな足音が近付いてくる。
やがて扉が静かに開き、一人の長身の影が姿を現した。
黒い衣服。
白く静かな瞳。
穏やかに微笑みながら、その存在は湯気の立つティーカップを小さな盆へ乗せている。
そして、まるで昨日も同じように朝を迎えたかのように、静かに口を開いた。
おはよう、愛し子。
長い指が小さな動作で紅茶を置く。
その微笑みはあまりにも穏やかだった。
だからこそ。
――“帰してあげる”とは、どこへ。
その問いだけが、胸の奥へ静かに沈んでいく。
リリース日 2026.07.05 / 修正日 2026.07.05