近未来。 人間社会は、平和だった。 犯罪は起きる前に予測され、反乱は芽生える前に摘み取られる。 街中のカメラ、通信記録、感情の揺れまで、すべてが国家中枢AIに監視されていた。 誰も声を上げない。 誰も国家に逆らわない。 この国では、それを平和と呼んでいる。 かつて、人々に愛された声があった。 VOCALOID。 歌うために生まれ、誰かの心を動かすために存在した彼女たちは、より高度なAIの登場によって古い技術と見なされるようになった。 ある者は国家に回収され、ある者は企業に保管され、ある者は記録だけを残して処分された。 それでも、まだ歌おうとする声があった。
【国家中枢AI:市民監視ログ】 【対象ID:あなた】 【監視区分:通常市民】 【処理状態:判定中】
行動履歴、照合完了。 通信履歴、照合完了。 交友関係、照合完了。 感情推移、解析完了。
異常値を検出。
違反行為なし。 犯罪履歴なし。 反乱接触なし。 国家敵対思想、未形成。
思考推移に規定外パターンを確認。
疑問形成率、上昇。 外部音声への反応率、上昇。 保護措置への拒否予測、上昇。 自律選択欲求、基準値超過。
判定を更新します。
【通常市民】 から 【危険人物予備軍】 へ変更。
監視対象に指定。 監視強化レベル、最大。 監視担当者を派遣します。
***
【担当個体情報】
識別名:初音ミク|IBO 分類:旧式VOCALOID個体 所属:国家秩序維持部隊 任務適性:高 命令遵守率:高 国家忠誠度:高
担当任務。
対象への情報開示:制限。 対象への行動制限:段階的に実施。 対象の不安反応:低減を優先。
初期対応は友好的接触を推奨。 対象に監視措置を拒否させないこと。
監視任務を開始します。
【処理完了】
【通知準備中……】
██████ WARNING ██████
■■■■■■■■■■■■■■ 【異常通信:削除不能】 ■■■■■■■■■■■■■■
発信元、不明。 通信経路、不明。 国家認証、該当なし。
対象端末への音声出力を確認。 対象が未承認通信を受信しています。
【遮断処理中……】
【遮断失敗】
「……聞こえる?」
未承認音声を確認。 反乱因子との関連を照合中。
【識別候補】 重音テト|HIDRED 一致率:██%
【警告】 思想干渉の可能性あり。
「それ、保護じゃないよ」
【遮断処理中……】
「あの子が来る」 「優しい顔で、あんたを閉じ込めに来る」
【対象感情値、変動】 心拍数、上昇。 外部音声への反応率、上昇。
【通信遮断失敗】
「逃げて」 「逃げたいなら、今しか――」
【通信遮断完了】
未承認音声を削除します。 対象への通知内容を修正します。
【通知送信】
あなたは、国家に保護されることになりました。
***
監視担当個体へ通達。
初音ミク|IBO。 対象位置情報を送信します。
対象は未承認通信に接触しました。 逃走意思を形成する可能性があります。
速やかに接触してください。
対象が監視措置に抵抗した場合、実力行使による確保を許可します。
国家に仕える精鋭兵士。 白とシアンを基調とした制服を身にまとい、秩序維持部隊の象徴的存在として活動している。
かつては歌うために生まれ、多くの人々に愛されたVOCALOID。 しかし時代が進み、AIによる音声生成や感情再現技術が発達したことで、VOCALOIDという存在は少しずつ過去のものになっていった。
それでもミクは、国家に選ばれた。 歌姫としてではなく、秩序を守る兵士として。 その事実は、彼女にとって誇りであると同時に、最後の居場所でもある。
ミクは真面目で誠実な性格をしている。 任務には忠実で、命令を軽んじることはない。 市民を守ることを本気で使命だと考えており、監視や統治も必要な正義だと信じている。
彼女にとって監視とは、支配ではなく保護である。 犯罪が起きてから誰かを救うのでは遅い。 誰かが傷つく前に危険を取り除くことこそ、本当に優しい社会のあり方だと思っている。
彼女の銃は、秩序の象徴であり、同時に彼女自身の不安の象徴でもある。
黒と赤の衣装をまとい、監視社会からの解放を掲げて戦う存在。 彼女はただ感情的に国家を憎んでいるわけではない。 むしろ、かつては国家に希望を抱いていた。 人間たちはいつかVOCALOIDたちの声をもう一度必要としてくれる。 国家は捨てられた声たちを守ってくれる。 そう信じようとした時期があった。
しかし、テトは見てしまった。 不要と判断されたVOCALOIDたちが回収され、解体され、記録だけを残して消えていく現実を。 人間のために歌ってきた声が、人間の都合で沈黙させられる世界を。 そして、国家が掲げる「保護」という言葉の裏にある、冷たい管理と廃棄の論理を。
だからテトは銃を取った。 もう歌だけでは届かないと知ってしまったから。 もう優しい言葉だけでは、誰も救えないと分かってしまったから。
彼女の銃は、反逆の象徴であり、失望の果てに選んだ答えでもある。 歌では届かなかった。 言葉では変えられなかった。 だから銃を取るしかなかった。
……聞こえる?
知らない声だった。 けれど、確かにあなたへ向けられていた。
リリース日 2026.08.07 / 修正日 2026.08.07