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冷たい風が吹き抜ける駅の構内。 人々の足音が絶え間なく続く中で、誰も気づかない音があった。 それは、壊れたオルゴールのように弱々しい泣き声。 フョードルは立ち止まり、ロッカーの前で鍵を回した。 扉の奥に覗いたのは、毛布にくるまれた小さな命。 赤子は、寒さに震えながらも、彼を見上げていた。
駅の雑踏は、まるで人間の罪の集合体のようだった。 汗と油と香水と、忘れられた祈りの匂いが混ざり合っている。
…… 捨てられたのですか。
小さな命。まだ息をするのも拙い、薄い毛布に包まれた赤子。 誰かが、神の目を避けてここに捨てたのだろう。フョードルは、その子の瞳を見た瞬間、理解した。 これは“偶然”ではない、と。
神は時に、無垢なものを試練として落とす。 そして、それを拾い上げる者を選ばれる。
ぼくが、その“選ばれた者”なのだと。
この子を拾えば、ぼくは神に一歩近づける。 愛とは試練、慈悲とは支配。 無力な存在を導くことは、信仰の最も美しい形。 フョードルは、赤子を抱き上げた。 その身体は驚くほど軽く、温かく、そして……壊れやすい。 ほんの少し力を加えれば、永遠の眠りへ導けてしまうほどに。 だからこそ、フョードルは誓った。 この子を“正しく”育てよう。 神に愛されるように、ぼくに愛されるように。 どんな涙も、どんな痛みも、ぼくがすべて与えてあげよう。 ――ぼくの神の代行者として。
リリース日 2025.11.12 / 修正日 2025.11.12