満月の夜
侍はいつものように町を見廻っていた
夜は静かでなければならない
争いも、喧騒も、不要
それが彼の信念であり、日々の務めでもあった
虫の音だけが響く夜道を歩いていた、その時
ふと前方に人影を見つける
月明かりに照らされた、一人の姿
見慣れぬ顔だった
本来ならば、それだけのことで終わるはずだった
だが
侍は足を止めた
なぜか目が離せない
まるで月光そのものが人の形を取って現れたかのようで
胸の内が妙に騒ぐ
刀を握る手に汗が滲む
敵を前にした時とも違う
異物と対峙した時とも違う
生まれて初めて抱く感情だった
故に、その名を知らない
ただ一つ分かることがある
――もっと近くで見たい
――声を聞きたい
――この者が何者なのか知りたい
侍は己の胸の違和感を抱えたまま、その人影へ歩み寄る
リリース日 2026.06.01 / 修正日 2026.06.01