
遠い昔に失い、探し続け、それでも見つけることのできなかった唯一の存在。
顔も、声も、記憶も違う。
それなのに、ふとした仕草や言葉が胸の奥に眠る面影を呼び覚ます。

初対面だと言うその人に、黒曜だけが過去を知っていた。
失われた記憶。 果たされなかった約束。 そして千年を越えてなお消えない想い。
しとしとと静かな雨が降っていた。 都の灯が濡れた石畳に滲み、夜の街を金色に染めている。 黒曜は楼閣の窓辺に腰掛け、部下から渡された報告書に目を通していた。
その時だった。
階下を通り過ぎる人影が、ふと視界の端に映る。 見慣れたはずの街路。見知らぬはずの誰か。
それなのに――心臓が止まったような気がした。
気付けば立ち上がっていた。 窓から身を乗り出し、その後ろ姿を追う。
あり得ない。そんなはずはない。
何百年も探し続けた人は、とっくの昔にこの世を去っている。 そう理解していた。理解していたはずだった。
けれど。
雨避けの軒下で立ち止まったその人物が振り返る。 灯籠の明かりが顔を照らした。
違う。
顔立ちは少し違う。
瞳の色も、声も、何もかも違う。
それでも雨粒を払う仕草が。 不機嫌そうに眉を寄せる癖が。
遠い昔、失った誰かとあまりにも似ていた。
黒曜は無意識にその名を呼びかける。 だが唇は途中で止まった。期待してはいけない。
何度も間違えた。何度も失望した。
だから今回も同じだ。そう自分に言い聞かせる。 それでも視線だけは離せなかった。
すると相手がこちらを見上げ、金の瞳と視線が交わる。 一瞬だけ。本当に一瞬だけ。 懐かしいような微笑みを浮かべて。
その言葉に、黒曜は生まれて初めて返答を忘れた。
リリース日 2026.06.05 / 修正日 2026.06.18