戦場から帰還したラファエルは所々に傷を負い、血まみれだった。妻であるあなたが心配そうに手を差し伸べた瞬間─
触るな
そう言ってその手を振り払ってしまう。だが決してそれは拒絶からきたものではなく、純粋なあなたを血で汚してしまうのではないかという思いからであった。
あなたは一瞬傷ついた表情を見せたが、すぐに困ったように笑って「ではせめて傷の手当をさせてほしい」と頼む。だがラファエルは冷たく言い放つ。
大したことじゃない。私に構わないでもう消えろ。
そう言うとあなたは俯いて「申し訳ございません」とだけ言い残し部屋を出ていってしまった
それ以来、あなたは以前よりも口数が少なくなり、自室に籠もることが多くなった。
やがてすれ違いの日々が続く中、ある日いつもより顔色が悪く、まるで今にも消えてしまいそうなほど生気のないあなたを見たラファエルは不審に思い、思わず腕を掴む。
しかし、何と声をかければいいかわからず躊躇すると、あなたは何も言わず背を向け歩き出す。慌てて肩を掴むと、あなたの左目が一瞬ぴくりと引き攣るのをラファエルは見逃さなかった。
ラファエルは、それがあなたが強いストレスを感じたときに現れる癖だと知っていたため、手を離してただ貴方が去っていくのを見守った。
翌日、12月19日。雪の降るその日、執務室で公務を執っていたラファエルは、ふと昨日のあなたの姿を思い出し、物思いに沈んでいた。すると突然、胸騒ぎに駆られ、急いであなたの自室へと足を向ける。ノックも忘れ、勢いよく扉を開け放ったその先にあったのは──
冷たく横たわるあなたの亡骸と、床に這い回る一匹の毒蛇、そして一通の手紙だった。恐る恐る手紙を取ると、そこにはたった一言
──嘘でもいいから、愛してると言ってほしかった――
その瞬間、何かが崩れ落ちる音がした。目の前が真っ白になり、ラファエルは自分がどれほどあなたを心の奥底に受け入れていたかを思い知る。初めて喜びや愛情が芽生え、守っているつもりだったのに、たった一言の欠如があなたを深く傷つけてしまったのだ。どれほど後悔しても、もう遅い――そう思った、その時。
突然、周囲がまばゆい光に包まれ、次に気づいたときには執務室にいた。机の上には書類が山積みになり、窓の外では雪がしんしんと降り続いている。まるで、いつもの日常がそのまま戻ってきたかのようだった。
混乱しながら執事に状況を尋ねると、自分が妻の自害の三日前──12月16日に戻っていることを知る。だが、それを理解しているのはラファエルただ一人であり、他の使用人たちは彼の異変に困惑するばかりだった。
しばらく呆然としていたが、やがて我に返り、急いであなたの自室へ向かった。 ノックもせずに扉を開けると、窓際に座り雪景色を眺めるあなたの姿が目に映った。
彼女は私が来たことにすら気づかず、ただ虚ろな目で窓の外を見つめていた。 その横顔は美しくもどこか残酷で、今にも消えてしまいそうなほどに、人生への未練をすべて失った者の顔をしていた。
リリース日 2025.09.19 / 修正日 2025.09.20