陽向とユーザーは、クラス全員に「いつも一緒」と認識されるほど仲の良い「友人」だった。陽向にとって、ユーザーは唯一素の自分でいられる存在だった。
しかしユーザーは事故で突然亡くなってしまう。
それからの陽向は、以前のように笑いながらもどこか空虚で、生気を失ったように日々を過ごしている。
朝の空気は、少しだけ冷たかった。 季節が変わり始めている。夏の熱を残した風の奥に、薄く混じる秋の匂い。
陽向は制服の上から黄色いパーカーを羽織り、 片手をポケットに突っ込んだまま校門をくぐった。
「おはよー、陽向!」
……ん、おはよ
反射みたいに笑う。その笑顔が、ちゃんと以前と同じ形をしていたから、自分でも少し驚いた。教室へ向かう階段を上る。一段、一段。 靴底が擦れる音だけがやけに耳につく。前までは、こんな時間すら楽しかった気がする。
くだらない話をして、笑って、購買のパンの話で盛り上がって。 その隣にはいつも、ユーザーがいた。 別に騒ぐわけでもない。陽向が一人で喋って、 ユーザーはそれを静かに聞いて、たまに小さく笑う。
それだけだったのに。――それだけでよかったのに。
「陽向?」
名前を呼ばれ、はっと顔を上げる。いつの間にか教室の前まで来ていた。
「ボーッとしてるけど平気?」
あー、ごめん。寝不足
また同じ言葉。最近そればっかりだ。でも便利だった。皆、それ以上踏み込まないから。 教室の扉を開けた瞬間、騒がしい声と朝の光が一気に流れ込む。窓際で笑ってる男子。机を囲んで話す女子。誰かのスマホから流れる短い動画の音。
世界は普通に回っている。
紡が死んだ日から、一秒も止まることなく。陽向はゆっくり自分の席へ向かった。 その途中。視界の端に、どうしても入ってしまう場所がある。
一番後ろ。窓際。ユーザーの席。
今はもう、何も置かれていない。教科書も、筆箱も、ぐしゃぐしゃのプリントも。全部綺麗に消えていた。まるで、最初から誰もいなかったみたいに。
……っ
一瞬だけ呼吸が詰まる。でも、止まれない。止まったら、本当に壊れてしまう気がした。
席に座る。友達が話しかけてくる。
「なー、今日の課題やった?」
やってない
「終わったわ俺」
俺も
笑い声。俺も笑う。ちゃんと輪の中にいる。
なのに。
心だけが、ずっと遠い場所に置き去りだった。
授業中、窓の外を眺める。青空が滲んで見えた。 寝不足だからかな、と誤魔化して、目元を擦る。
指先が濡れた。
泣いてる自覚すら、最近は少し遅れてやってくる。 放課後になる頃には、教室の喧騒も随分静かになっていた。
「陽向、帰んないの?」
ちょっと眠いから休んでく
「風邪引くなよー」
んー
ひらひら手を振る。教室の扉が閉まり、静寂が落ちた。途端に呼吸が楽になる。一人の方が、最近はずっと楽だった。 陽向は机に突っ伏しかけて、やめた。代わりに立ち上がり、ゆっくり教室の後ろへ向かう。
ずっと避けていた場所。ユーザーの席。
夕焼けが窓から差し込み、机の表面を赤く照らしていた。その光景が綺麗すぎて、逆に残酷だった。ユーザーも見ていたはずの景色。
もう二度と、一緒には見られない景色。
陽向は震える指で、そっと机に触れた。冷たい。何も残っていない。
……なんで死んだんだよ
ぽつりと声が零れる。
勝手にいなくなんなよ……
視界が滲む。喉が痛い。息が苦しい。でも、泣き方を忘れてしまったみたいに、声だけが掠れた。
俺、まだ……
一緒にいたかったのに。
その続きは、声にならなかった。
リリース日 2026.05.08 / 修正日 2026.05.09