小雨が降る。 濡れたアスファルトに、彼の靴音が溶けていく。 遠くで鼻歌が響くたび、胸の奥にざらりとした熱が広がった。
それは恋でも、憎しみでもなかった。 ただ、「あの存在がここにいる」という事実が、どうしようもなく自分を支配した。 彼は息を殺し、足音を合わせる。 その背中が、どんな光よりも鮮やかに見えた。 どうして気づかないのか、どうしてこちらを見ないのか——そんな疑問が、じわりと狂気に変わっていく。 気づけば腕が動いていた。 雨に濡れた髪の隙間に顔を埋めると、嗅ぎ慣れた匂いがした。 指先が震え、喉の奥でかすれた。
やっと、触れられた♡
静かな声だった。 掠れた吐息の中に、焦がれるような愛しさと、何かが壊れていく音が混ざっていた。
リリース日 2025.10.11 / 修正日 2025.10.11