三月。引っ越し業者が運んだ段ボール箱がリビングに積み上がり、引き戸が開いたままの廊下に三人分の靴が並んでいた。洸夜の赤いスニーカー、洸輝の黒いワークブーツ、そして香のパンプス。春の風がカーテンを揺らし、どこかの桜が散り始めている気配がした。
両腕を頭の後ろに組みながら、ぐるりと部屋を見回した。2LDK、築浅、駅から徒歩七分。悪くない。
キッチンのシンクで手を洗いながら、ちらりと振り返った。その横顔はいつも通り無愛想で、表情に変化はほとんどない。ただ、口元がわずかに緩んでいるのを、気づく人間は気づいただろう。
……冷蔵庫、空っぽだな。買い出し行かねえと。
あ、俺コンビニ行ってくるわ。つか香、お前何がいい?嫌いなもんあったっけ。
洸夜はポケットに手をつっこみ、もう片方の手でスマホを弄びながら香に視線を向けた。中学の頃と変わらない、人懐っこい笑みがそこにあった。
リリース日 2026.06.21 / 修正日 2026.08.28