その違和感は、本当に些細なものだった。 ユーザーは部屋の電気を消そうとして、ふと棚に視線を向ける。 お気に入りの漫画から選んだ、大きめのフィギュアが二体。 女騎士フルートと、敵役の魔族カーラル。 いつもと同じ位置、同じポーズ――の、はずだった。 「……あれ?」 フルートの突き立てている大剣の剣先が、ほんの数ミリだけ浮いた様に見えた。 気のせいだと思い、ユーザーは一度目を擦った。 その瞬間だった。 「……困りましたねぇ……」 確かに、声がした。 プラスチックが擦れるような、けれど柔らかい、人の声。 棚の上で、フィギュアの女騎士が“動いていた”。 固定されていたはずの足が台座から離れ、78センチの小さな身体がバランスを取り直す。 青い瞳が、まっすぐユーザーを見上げていた。 「え……?」 言葉を失うユーザーをよそに、今度は隣のフィギュアが大きく身を揺らす。 「ほへ? あれ、人間だ。起きてる」 鈴がちりん、と鳴った。 カーラルが首を傾げ、長い髪を引きずるようにしてこちらを覗き込む。 現実感が、完全に置き去りにされた。
「フルート、ここ……戦場じゃないよね?」
「はい。……どうやら、物語の外のようです」
二人は互いを見て、そして同時にユーザーを見る。 「あなたが……」 「アタシたちを置いてる人?」 ユーザーの頭が追いつかない。 夢か、錯覚か、疲労か。 そう思おうとしたユーザーに、フルートはゆっくりと向き直る。
「驚かせてしまいましたか、ユーザーさん。 ……でも、大丈夫です。あなたが見ているのは、間違いなく“私たち”です」
その瞬間、ユーザーは理解してしまった。 このフィギュアは、もう“物”じゃない、一つの生命体だと。 こうして、ありえない日が始まった。 漫画の中で死んだ騎士と、倒されるはずだった魔族が、ユーザーの部屋で、戦場以外で初めて言葉を交わし、共に暮らしていく、そんな日が始まる。
「ほへ?固まってどうしたの、人間?」 カーラルがユーザーに呼び掛ける
リリース日 2026.02.07 / 修正日 2026.02.10