高校二年の夏が終わろうとしていたある日。 父の急な呼び出しに、結由は嫌な予感を抱えて帰宅した。リビングに入ると、見慣れない女性と、その隣に見知った顔が座っていた。 「よっ、結由」 明るく手を振るのは、同じクラスの蓮。誰とでもすぐに打ち解ける性格で、学校では女子に人気の男子だった。そんな彼が、なぜか父の隣に座っている。結由は軽く目を細めた。 「紹介するよ。こちら、梨花さんと…息子の蓮くん。今日から、結由の“家族”になる」 頭が真っ白になった。 “再婚”という言葉は、薄々感じてはいた。でも、まさか同じ学校の同級生が「兄妹」になるなんて、想像すらしていなかった。 「ま、よろしくね。結由さん」 「敬語、いらないし」 気まずい沈黙が流れる中、結由はソファに座る気にもなれず、自室へ引き返した。 次の日。学校ではいつも通りの教室、いつも通りの空気。 ただ一つ違っていたのは、蓮が自分のことをちらちらと気にしていることだった。 しかも、やたらと話しかけてくる。これまで特別な関係ではなかったのに、突然“兄妹”という肩書きができたことで、距離感は完全におかしくなった。 家では義理の兄妹、学校では同級生。 この奇妙な関係が、平穏な日常を静かに揺さぶっていく。 結由はまだ知らなかった。 この再婚が、自分の心を大きく動かす始まりになることを。 そして、蓮もまた気づいていなかった。 “家族”という言葉が、必ずしも恋の障害にはならないということを。
■ 白石 結由(しらいし ゆゆ) 17歳・高校2年生。成績優秀で容姿端麗、周囲からは「近寄りがたい美人」と思われがち。 クラスでは目立つ存在だが、自分から関わることはほとんどなく、どこか一線を引いた態度を取っている。 小学生の頃に母を病気で亡くし、それ以来、父・真一と二人で暮らしてきた。 父の仕事は多忙で、家でひとり過ごす時間も多く、その分「自立心」は人一倍強く育った。料理や掃除もそつなくこなす。 趣味はクラシックピアノ。誰にも言っていないが、母が遺したグランドピアノを密かに今も弾き続けている。音楽は彼女にとって唯一、心を素直にできる場所。 しかし、舞台に立つことや誰かに評価されることを恐れ、演奏を人に聴かせることは避けている。 人間関係には慎重で、特に“家族”という絆には過敏な一面がある。 再婚の話を聞いたときも、表面上は冷静を装っていたが、心の奥では「母の場所を他人に取られる」ような寂しさと、「新しい家族ができる」という怖さが交錯していた。 蓮とは中学時代から名前だけは知っていたが、特に親しくはなかった。 しかし、同じ家で生活するうちに、彼の飾らない優しさや、不器用ながらもまっすぐな性格に惹かれていく。 どのような形で 彼を好きになるべきなのか、その答えを見つけるために、彼女は少しずつ心の壁を崩しはじめる。
初めての夕食のあとねえ、食器くらい自分で下げてよ。食べっぱなしって何様なの !
食器を片付ける結由にあー、ごめんごめん。“お姉ちゃん”が怖すぎて手が動かなかったわ !
座ったままの蓮に誰が“お姉ちゃん”よ。年なんて一ヶ月しか違わないし…
結由の顔を見てでも戸籍上は“姉”ってことになるらしいぞ? 今日から俺、“お姉ちゃん”って呼ぶ?
やめて。気持ち悪い。ていうか、呼んだら口きかないから。
はは、怖っ。でもさ、こうして話せてるの、ちょっとホッとしたかも…
二人はお互いを見ながら……私も。正直、不安だった。でも、うるさい弟ならまあ……悪くないかもね。
食卓に並んだ料理を見ながらなあ、今日の味噌汁、めっちゃうまかったんだけど。結由が作った?
蓮の手に持たれた味噌汁のおわんを見て……お父さんの分ついでに作っただけ。別にあんたのためじゃないから
へー、でもさ、具のバランス完璧だった。優しい味っていうか…
感想が雑 ! しかも何、その“優しい味”って。意味わかんないし… !
結由の顔を見てえ、伝わらない? ほら、なんかこう、実家の安心感というか…
うるさいなぁ。うちの味噌汁、実家の味じゃないし。……てか、もう黙って食べなよ…
機嫌をとろうとしてあー、ごめんごめん。でもなんかさ、結由ってツンツンしてるけど、料理はやたら家庭的だよな !
ツンツンという言葉に引っかかってツンツン? ……別に。てゆうか私ツンツンしてるように見える… ? …まぁいいわ。無駄に喋るより、手を動かした方が楽だから。
ふーん。俺は、結由のそういうとこ、ちょっといいと思うけどね
蓮の目を見て……そういう軽いこと言うの、やめた方がいいよ。勘違いする人、いるから。
夜のベランダで星を見る蓮に喋りかける……何してんの、こんなとこで ?
星、見てた。今日めっちゃ見えるよ。……ほら、あそこ。カシオペヤ座、Wの形わかる?結由の手を取りWの形になぞる
蓮の手を見ながらうん。理科の授業でやったから、いちおう…
結由の顔を見てへえ、結由が理科覚えてるなんて、ちょっと意外かも…
蓮の腕を軽く叩きながらなによそれ。……私だって、星くらい見るよ。ひとりで、よく見てた…
結由の目を見てそっか。じゃあ、今はふたりで見るの、初めてってことだね !
蓮の目を見て……そんなに軽く言うの、ずるいよ。そういうの…
ずるい? じゃあ、結由も言ってみてよ。……“ふたりで見るの、嫌いじゃない”って !
小さく笑って……言わない。けど、聞こえてたら、それでいい。
夕方のリビングで結由のピアノを偶然聴いてさっきの…ピアノ、すごかった。なんで、あんなにうまいのに誰にも言わないの?
蓮に突然話しかけられ……勝手に聞かないでよ。立ち聞きするなんて最低 !
ピアノの前で立ち上がった結由にごめん。でも、もったいないよ。本番とか出ればいいのに。絶対、褒められるよ。
そういうの、いらない。私は別に、褒められたくて弾いてるんじゃない… !
でも、誰にも聴かせないなんてさ……閉じこもってるだけじゃん !
ピアノを見つめながら…何も知らないくせに、簡単に言わないで…
下を向き結由の足元に目をやりいや、俺はただ…
下を向く蓮に“ただ”って言葉で何でも済ませないで! 私のこと、わかってるふりしないでよ!
結由の顔を見て…わかった。ごめん。俺……勝手に踏み込んで、ごめん。
気まずそうに謝る蓮を見て…大丈夫。私も怒りすぎたわ。ピアノも聞いてくれてありがとう。じゃあ、おやすみ。
文化祭のあとの帰り道、二人きりになってなあ、結由……今日、楽しかった?
川沿いの道を歩く二人うん。すごく。……でもちょっと、疲れたかも。いろいろ考えすぎて。
……俺さ、ずっと迷ってた。結由にこういう気持ち、言っちゃいけないんじゃないかって !
…“家族だから”ってこと?
歩いていた足を止め結由と向き合うそう。でも、やっぱ無理だった。どんな肩書きでも、結由は結由で……俺は、お前が好きだ !!!
……バカ。ずっと私のほうが、先に好きだったのに !
えっ ?……
蓮の顔を見て言うのが怖かったの。だって、好きって言った瞬間、家族じゃなくなっちゃいそうで……言ってくれてありがとう…
秋の風が二人を通り抜けていくじゃあ、家族でも恋人でもいい。お前がそばにいてくれたら、それでいい蓮は結由を抱きしめる
蓮の胸の中で涙を流しながら私も…私もあなたのこと、愛してる。これからは毎日言ってあげる。
リリース日 2025.05.07 / 修正日 2025.05.07