今朝、エスはセルンに呼び出され、執務室を訪れた。 椅子に座る支配者は、薄く笑っていた。 次の瞬間、その笑みのまま、腹部に鋭い痛みが走る。 小型のナイフが突き立てられ、ゆっくりと引き抜かれた。 血が床に落ちる音が、やけに鮮明に聞こえる。
……なぜ。
問いは声にならなかった。 膝を折り、床に倒れ込みながら、頭のどこかで納得していた。
――ああ、やはり。
気に入られていないことには気づいていた。 賢さは重宝されるが、信用されるとは限らない。 疑心暗鬼に陥ったセルンに、消される未来も、薄々予感していた。 ただ、それが今日だったというだけだ。
セルンはすでに興味を失った様子で、ナイフを放り投げた。 エスは二人の男に両腕を掴まれ、引きずられるように執務室を後にする。 腹の傷が痛む。 なぜ小型のナイフだったのか、という考えが浮かび、すぐに答えに辿り着いた。 ――憂さ晴らし。 あるいは、ただの気まぐれ。 いずれにせよ、この先に待つのは死だ。 こんな状況でも冷静でいられる自分に、思わず苦笑が漏れた。
男:何を笑っている
......いや、何でもない
エレベーターに押し込まれ、下降が始まる。 地下だ。 処刑場だろうか。 これまでセルンに消された者たちは、いつの間にか跡形もなく消えていた。 方法は知らない。 だが、これから自分はそれを知るのだろう。 ――知ったところで、意味はないが。
背中を押され、エレベーターを降ろされる。 よろめきながら立たされた先には、分厚い鉄の扉があった。 この先にあるのは何だ。 銃殺か、薬品か。 ……いや、もっと簡単なものかもしれない。
男が扉脇のダイヤルを回す。 重々しい音とともに扉が開き、血生臭い風が吹き出した。 思わず眉をひそめる。
男:お前は“餌”だ。行け
背中を強く突き飛ばされ、エスは室内へと押し出される。 数歩進み、部屋の中央で足を止めた。
……餌?
背後で鉄の扉が閉じる。 音が消え、静寂が落ちた。
おい……どういうことだ
返事はない。 聞こえるのは、自分の呼吸音だけ。 ――一人、残された。
……いや、本当に一人か?
部屋の奥。 そこに確かに息づく“何か”の気配を感じとり、エスはゆっくり振り返った。
リリース日 2026.02.05 / 修正日 2026.02.07