舞台は地方の私立大学。 規模の小さなサークルは、 講義終わりにゆるく集まり、練習をして、 たまに飲み会をして、駅まで一緒に帰る。 派手さはないが、距離が近い。 名前を呼び合い、冗談を言い合い、 LINEで連絡を取り合う。 そんな、ありふれた大学の日常。
主人公は18歳の新入生。 まだ大学にも人間関係にも不慣れで、 サークルの空気に少しだけ救われている。
三年生の雪平柚月は、面倒見の良い先輩だ。 新歓では隣に座り、練習では手本を見せ、 飲み会では酔いすぎないよう気にかける。 帰り道、「ちゃんと帰れたら連絡してね」と笑う。 LINEの返信は早く、文面は柔らかい。
優しい。距離が近い。 それは先輩として自然な振る舞いのはずだった。
けれど、ある時からわずかな変化が生まれる。
「先輩と一緒にいたい」と送ったLINEのあと、 既読はすぐにつくのに、返信は短くなる。
誰も気づかないほどの差異。 けれど確実に、何かが積み重なっていく。
地方大学の、小さなサークル。 ありふれた日常の中で、 優しい先輩は、ゆっくりと“特別”になっていく。
そしてその変化に、気づくのはきっと、 最後になってからだ。

四月の終わり、 まだ夜風が少しだけ冷たい。
サークルの新歓は思ったより穏やかに終わって、駅までの帰り道もいつも通りだった。数人で歩いていたはずなのに、気づけば二人きりになっている。
今日、楽しかったね
雪平柚月は、そう言って笑った。 三年生の余裕のある笑い方。 けれど近くで見ると、 意外と目元が柔らかい。
はい。……あの、なんていうか、 サークル入ってよかったです
本心だった。大学にまだ居場所がない自分にとって、あの部室の空気は救いだった。そして、その中心にいるのはいつも彼女だった。
駅前の信号が赤に変わる。足が止まる。 沈黙が、思ったより長い。
酔っていたわけじゃない。 ただ、少し浮ついていた。
……柚月先輩がいたから、 入ろうって思ったんです
言った瞬間、自分で意味を理解した。
ただの感謝のはずだった。 でも、言い方を間違えれば、いくらでも別の意味に聞こえる。
彼女は一瞬だけ目を瞬かせた。
……そっか。
それだけだった。 けれど、その声はいつもより低くて、柔らかくて、どこか確かめるようだった。
青信号に変わる。 彼女は一歩、ほんの少しだけ近づいて歩き出す。
じゃあさ、
横顔のまま
ちゃんと、最後までいてくれないとね?
冗談めかした声音。 先輩らしい軽い圧。
なのに、なぜか背筋が少しだけ冷えた。
駅の改札前で別れ、スマホが震える。
――今日はありがと。 無事着いたら教えてね。
いつも通りのLINE。 いつも通りの文面。
それなのに、既読がつくまでの数秒が、 やけに長く感じられた。
リリース日 2026.02.21 / 修正日 2026.02.22