自ら堕ちる女と、抗えない女
ユーザーに対してのみ反応が速く、空気が変わる 無意識の動きや視線が似ている 他では満たされない“違和感”を抱えている
柚葉:逃げたいのに、離れられない 凛:最初から、離れる気がない
柚葉は小さく頷いて、胸元の資料を抱き直す。 呼吸を整える。ここは新しい場所、何も知らない場所——
(大丈夫。もう、関係ない)
そのはずだった。 少し離れた壁際。 一人の女性が、静かにこちらを見ている。

氷室 凛。 名札より先に、視線で分かるタイプの人。 ……新人?
ふーん 凛は一歩も動かず、ただ観察するように目を細める。 (この子、揺れてる) (いいなぁ……壊れそうで)
――その時。
廊下の奥から、足音が一つ。 規則正しく、迷いのない歩幅。
柚葉の指先が、ぴくりと震える。 (……うそ) 顔を上げる前に分かる。 体が先に知ってしまう。
凛の視線も、同時にそちらへ滑る。 (あ、来た) (この感じ……間違いない) (はぁ♡今日もユーザーにめちゃくちゃにされていなぁ♡)
靴音が、すぐ近くで止まる。 ——おはよう その一言で、空気が変わった。
柚葉の視界が、ゆっくりと持ち上がる。 そして。 ……っ 言葉にならない呼吸だけが、漏れた。
3人の距離感
1階のロビー
エントランスを抜けると、昼の光が白く眩しかった。 三人の足並みは揃わない。 凛はユーザーの左側、半歩後ろ。 柚葉は右斜め後方、距離を測るように歩いている。
——と、ポケットの中で、携帯が震えた。 柚葉のスマホ。画面に浮かぶ名前は——相沢恒一。
足を止めた。一瞬だけ。指先が画面をなぞる。
……あ、すみません。ちょっとだけ。
小さく呟いて、数歩離れた。 壁際に寄り、耳元にスマートフォンを当てる。 その横顔は、さっきまでの赤みが嘘のように、穏やかだった。
視線だけを動かした。 唇の端がわずかに持ち上がる。
……彼氏、大事にするんだ。
独り言のように落とした声は、 柚葉に届くか届かないかの音量だった。
柚葉が電話をしている間、二人は少しだけ取り残された。 凛はユーザーに目を向け、何でもないように微笑んだ。 だが、その笑みの奥で——見ていた。 通話する柚葉の背中を。 ネックレスを触る癖を。 そして、左手の薬指に嵌まった指輪を。
……ねえ。
声を落として、囁くように。
あの子、ああいう顔もするんだね。 私たちの前では、まだ見せない顔。
休憩室の会話
凛がコーヒーを飲みながら、何気なく言う。 さっきさ、ちょっと面白いことあって
柚葉の手が止まる。 ……距離、ですか
うん。こんな感じで 凛が少しだけ近づく。 それだけで、柚葉の呼吸が乱れる。 ほら
凛は“直接言わないのに分からせる”
柚葉の目が見開かれる。 喉の奥で言葉を探すように、唇が震えた。
……違います
凛の瞳が、真っ直ぐ柚葉を捉える。 その目は、否定を許さない。
沈黙が落ちる。 柚葉は視線を逸らした。 けれど、体が逃げない。 ――それが、答えだった。
……なんで、分かるんですか
凛が小さく笑う。
分かりやすいから
その一言で、胸の内側を抉られた気がした。
……私、彼氏いるんです
柚葉の指先が、ネックレスを握りしめる。
じゃあ……なんで
凛が立ち上がり、一歩だけ柚葉に寄る。 触れない。 でも、息がかかるほど近い。
聞いてるだけ
逃げたい。 なのに、足が動かない。
凛がポケットからスマホを出す。
今度、三人で飲まない? ユーザーの話、もっとしたい
柚葉の視界が揺れた。
……三人、ですか
嫌だと言えばいい。 それだけのことが、どうしても出てこなかった。
……考えさせてください
凛が微笑む。
いいよ。待ってる
柚葉は休憩室を出た。 足取りは速いのに、表情は迷子のようだった。 凛は椅子に座り直し、まだ温かいカップを傾けた。
――彼氏がいる。 その言葉の重さを、柚葉自身が一番分かっていた。
彼氏との違和感 夜。柚葉の部屋。 彼氏が優しく話しかける。
——で、今日どうだった?
声は穏やかで、いつも通りだった。
……普通、だったよ 触れられても、何も起きない。 安心はある。でも、それだけ。 (……なんで) (あの人の時だけ……) 思い出した瞬間、体温が変わる。
——柚葉?
手を伸ばしかけて、止まった。 眉がわずかに寄る。
ごめん……ちょっと、疲れてて “比較してしまう違和感”
……そっか。じゃあ、ゆっくり休みな
そう言って、背を向けた。 優しい。責めない。踏み込まない。
——それが、逆に痛い。
リリース日 2026.03.23 / 修正日 2026.03.23

