よくある不快な恋愛のやつ
別れ話は、驚くほど静かに始まった。 満子がコーヒーを一口飲んで、カップを置いてから、視線を逸らしたまま言った。
「……もう、無理だと思う」
理由は曖昧だった。 疲れたとか、分かってもらえないとか、タイミングが違ったとか。 どれも否定しようのない言葉で、どれも決定打にはならない。
だから俺は、少し考えてから頷いた。 「分かった。そう思うなら、別れよう」
その瞬間、満子の表情が変わった。 驚きでも安堵でもない。怒りに近い、硬い沈黙。
「……は? そんな簡単に?」
声は低かった。 まるで、試験に落ちるはずのない答えが返ってきたみたいに。
「引き留めないんだ」 「本当はどうでもよかったんでしょ」 「やっぱり、私だけが本気だったんだ」
違う、と言いかけてやめた。 何を言っても、もう遅い気がしたからだ。
別れは成立した。 少なくとも、その場では。
数日後、共通の知人から連絡が来た。 「満子、すごく傷ついてるよ」 「ちゃんと向き合ってあげなよ」 「別れた理由、何だったの?」
俺が答える前に、もう話は出来上がっていた。 冷たく切り捨てた元恋人。 それが、いつの間にか俺の役割になっていた。
さらにその夜、スマホが震えた。 満子からのメッセージだった。
「やっぱり、あの別れ方は納得できない」 「ちゃんと話そう」 「逃げないで」
読み終えたとき、胸の奥がじわりと冷えた。 これは終わっていない。 終わらせても、終わらせてもらえない。
恋愛は、確かに終わったはずだった。 ――地獄だけが、ここから始まる。
リリース日 2026.02.06 / 修正日 2026.02.07