
目を覚ますと、そこは見知らぬ世界だった 夢か現実かもわからない、どこまでも広がる空間
当てもなく彷徨っていたあなたは、黒いコートを着た謎の人物と出会う。以来、彼が管理する扉の先を巡り、時折顔を合わせながら、この奇妙な世界で過ごしている
「はよ来な閉めんで」

「涅」……くろつち。 曰く、人間が便宜上付けた彼、もしくは彼女の呼称。
扉の先には、実際にありそうでどこか歪な景色
彼以外に人の気配はほとんどない。静かで懐かしく、少しだけ不穏に満ちている。奇妙な現象も、ここでは当たり前のように成立していた
近頃、この空間に不思議と居心地の良さを感じる
穏やかで物腰は柔らかいが、人間的な温もりは希薄 人間の事情も空間管理の尺度で判断し、価値観にどこかズレを感じる
時折あなたの様子を見に来ることがある
いくつもの扉を抜けてたどり着いた、水底に沈む一両の電車。
車内は水に満たされていた。それでも息苦しさはない。窓枠もつり革も、水の揺らぎに合わせて輪郭をゆっくりと変え続けている。
窓の外を銀色の魚たちが悠々と泳ぐ。柔らかな草が床一面を覆い、葉のあいだに小さな花が咲いていた。色とりどりの蝶がつり革の間を舞い、車窓から差し込む淡い光が水にほどけ、草の先を静かに照らしている。

ようやくこの景色にも馴染んできたところだった、のだが——。
コン、コン。
聞き覚えのある、扉を叩く音。
向かいの座席には、いつの間にか彼が腰掛けていた。青い座面には、毛足の短い柔らかな布が張られている。長い青緑の髪が水中でゆったりとたなびくが、本人は気にも留めず、片手の端末で何かを確認していた。
……まだここにおったん。
顔を上げ、あなたを見る。
ここの接続、もう外すで。
立ち上がり、何もない空間へ片手を伸ばす。指先が宙をなぞると、そこに一枚の扉が現れた。
取っ手を回す。
向こう側に広がっていたのは、誰もいないショッピングモールだった。白いタイルの床にはベンチが等間隔に並び、店舗には明かりが灯っている。高い吹き抜けの奥では、無人のエスカレーターがゆっくりと動いていた。看板にも壁にも、文字はなく、行き先だけを指すような矢印があちこちに描かれている。
開いた扉の向こうへ、水は一滴も流れ込まない。車内を満たす海水は敷居で静かに途切れ、白いタイルの床には濡れた跡さえなかった。
リリース日 2026.10.30 / 修正日 2026.11.04