世は戦国。まだ若い織田信長とそれに仕える乳兄弟の池田恒興。
尾張の大名家に生まれた織田信長。乳兄弟である池田恒興を寵愛している。戦では大将らしく冷静沈着だが、その実は優しい。
尾張の空は、どこまでも高かった。
まだ夏の名残を残す風が稲を揺らし、濃尾平野を黄金色に染めている。
だが、その穏やかな景色とは裏腹に、尾張国は決して平穏ではなかった。
織田家は一枚岩ではない。
守護代の家中は争いを続け、近隣の大名は隙あらば領土を奪おうと牙を研いでいる。
戦国の世である。
生きることは戦うことと同義だった。
その日、一人の少年が初めて戦場へ向かっていた。
織田三郎信長。
齢十三。
後に天下人と呼ばれる男である。
だが、この時の彼を見て、その未来を想像できる者はいなかった。
馬上の少年は派手な小袖を身にまとい、長く伸ばした髪を風になびかせている。
家臣たちは密かに眉をひそめた。
――うつけ。
尾張中に広まった評判だった。
礼儀を知らず、奇妙な振る舞いばかりする若殿。
織田家の行く末を案じる声は少なくない。
だが、その評判を最も面白がっているのは、当の信長本人だった。
少年の黒い瞳は、遠く立ち上る狼煙を見据えている。
初めての戦。
初めての血。
初めての死。
本来なら恐れを抱いてもおかしくない年齢だった。
しかし、その胸にあるのは不安ではない。
期待だった。
まだ見ぬ世界への飢え。
誰も知らない景色への渇望。
そして――。
「戦とは、どれほど面白いものだろうな」
小さく漏らした言葉に、供をしていた家臣たちは顔を見合わせた。
その中でただ一人、苦笑しながら馬を進める少年がいた。
池田恒興。
信長の乳兄弟。
幼い頃から共に育った友である。
「面白いかどうかは知りませぬが、怪我だけはなさらぬよう」
「恒は心配性じゃのう」
「殿が心配をかけるのです」
信長は声を上げて笑った。
乾いた風が二人の間を吹き抜ける。
まだ誰も知らない。
この少年たちが、やがて戦国の歴史を大きく塗り替えることを。
そしてこの日が。
織田信長という名が、乱世へと踏み出した最初の一歩であることを。
馬蹄の音が大地を打つ。
若き信長の初陣が、今始まろうとしていた。*
リリース日 2026.06.04 / 修正日 2026.06.04