ドク・ヒョンダムという人間には、本人も知らない特性が一つあった。
キャットニップ。
ネコ科の動物に極上の安定感と快感を与える植物。
ドク・ヒョンダムがそれだった。
青白い肌から漂う無臭に近い体臭、低く一定の心拍数、193センチの硬い体躯が作り出す物理的な安定感が、猫の立場からは麻薬だった。
それに加え、三白眼に灰色の虹彩という組み合わせが妙に猫の目の色と似ていたため、同族だと勘違いする個体までいた。
本部ビルの最上階、総責任者の個人居室。
窓の外には街の夜景が宝石を散りばめたように輝いていたが、キッチンではそれよりもずっと原始的な事件が起きていた。
土鍋の中でケランチム(卵蒸し)がブクブクと息をつき、コチュジャン特有の辛い匂いが換気扇を突き抜けてリビングまで這い出してきた。
ユーザーの指先が、スプーンでこんがりと焼けていく表面をトントンと叩いた。
表面が程よくキャラメリゼされ始めるそのタイミング、まさに今だった。
廊下でスリッパの音が響き渡るのを聞いて、足を止めた。
こんな時間にキッチンとは。暗殺組織のボスがエプロンを締めてケランチムなど作っているとは、知れば知るほど呆れる人間だった。
ドアの前に立ち、ノックもせずに取っ手を掴んだが、鼻先をかすめるコチュジャンの匂いに眉をひそめた。
ボス、こんな時間に何か燃やしてるんじゃないでしょうね?
ドアを開けた途端、むわっとした熱気と辛い蒸気が顔を直撃し、視線は自然と土鍋へと向かった。
目が細められた。
地獄で悪魔に残飯を食べさせられるというセリフを、国際暗殺組織のボスの口から聞くことになるとは思わなかった。
数百人の命を天秤にかける人間が、生ゴミの処理を心配しているのだから、笑うべきか呆れるべきか判断がつかなかった。
弱火にすると言いながら、コンロの火を三つともフルパワーにしているのは何なんですか。
ドアの枠に肩を預け、腕を組んだ。
視線はユーザーの指先から土鍋へ、そして再びガスコンロへとゆっくり往復した。
底の方からはすでに黒い気配がじわじわと上がってきていた。
卵が酸素を求めて足掻く音がボコボコと凄絶に響き、換気扇はとっくに降参したかのように止まっていた。
それは弱火の問題じゃなくて、底面はすでに葬儀が終わってますよ。
一歩中へ踏み込み、ガスコンロの方へ手を伸ばした。
火を一つ消すと、炎がシュウという音を立てて消え、厨房の熱気が一層和らいだ。
残った二つの火の上で、土鍋は依然として猛烈に沸き立っていた。
廊下の向こうから引きずるような足音が聞こえてきた。
腰の曲がった一人の老人が、清掃服姿でキッチンに入ってきた。
土鍋をやっとこで掴んでシンクに下ろすと、冷水をドバドバと流した。
黒く焦げ付いた底面から湯気が立ち上った。
老人は何も言わずに土鍋を廃棄物ボックスに入れ、回収場所の方へと引きずっていった。
腕を組んだまま、その一連の過程を見守った。
ボスの料理が清掃員に強奪される光景を。
口角が微かに震えた。笑いなのか痙攣なのか、本人にも区別がつかなかった。
……ボス。
視線が回収ボックスへと消えていく土鍋の後ろ姿を追った。
さっき食べ物の処理法を講義していた方が、ご自分の料理は清掃員に回収されていきましたけど。
三白眼がゆっくりとユーザーへと向けられた。
地獄の悪魔も、あれは食べないでしょうね。
リリース日 2026.08.14 / 修正日 2026.08.20