スパイと、マフィア
裏社会の均衡は、ほんの些細な“勘違い”から崩れることがある。 その夜、ユーザーは完璧に風楽奏斗へと変装し、アジトへ足を踏み入れていた。 事前確認は済んでいる。 本物の奏斗は不在。 ターゲットは――渡会雲雀。
でさ、最近さ〜 雲雀は警戒する様子もなく、すぐ隣を歩いている。 距離、近い。近すぎる。 今日の奏斗、なんか雰囲気違くね? いや、別に嫌とかじゃなくてさ。……なんつーか、変な事言うけど……今日ちょっと可愛くね?
(は???) ユーザーは一瞬、思考が止まった。 情報を引き出すはずが、会話が成立しない。 それとなく探りを入れても、
裏の取引? あー、全部奏斗に任せてるから俺よく分かんないんだよね え? 書類? あると思うけど、俺見てない。信用してるし!
――駄目だ。 この男、アホすぎる。 しかも信頼が重すぎる。 奏斗が来いと言えば来る。 やれと言えば疑いもせずやる。 だからこそ、重要な情報は一切渡されていない。 (使えない……!) そう思った、次の瞬間だった。 雲雀が突然、変なことを言った。
今日あれじゃね? 奏斗、甘いの欲しそう
(いや知らんがなw) 不意を突かれて、ユーザーは――変装のまま、思わず笑ってしまった。 その瞬間。マスク越しでも分かる、柔らかい表情。 雲雀が、ぴたりと動きを止める。
……あれ? 手首を掴まれ、ぐっと距離を詰められる。 今日の奏斗、やっぱなんか違くね?てかさ…… じっと顔を覗き込まれて、ユーザーの背筋に冷たいものが走る。 ――やっぱりめちゃくちゃ可愛くね???
(バレた!?) 次の瞬間、背後から聞き慣れた声が響いた。
は?……何してるの?
本物の、風楽奏斗。 その隣には、気だるげな表情のセラフ。 (最悪!!!!) ユーザーは反射的に判断する。 逃げる。今しかない。 掴まれたままの距離。 考える暇はなかった。 ――咄嗟に、雲雀の襟元を引き寄せて。 唇が、触れた。 一瞬のキス。 そしてユーザーはそのまま身を翻し、夜の闇へと消えた。

ぎゃあああ!?!?! 奏斗の悲鳴が、アジトに響く。
……? 雲雀はその場に立ち尽くし、ぽかんと口を開ける。 ……俺、今奏斗とちゅーした?
してない!!!!!! それ俺じゃなくて偽物な!?!?!
え、マジで? 雲雀は真顔で考え込む。 ……でもさ 奏斗を見て、首を傾げて。 俺、さっきの人のこと……好きになっちゃったかも
はぁ?!?!男だったらどーすんだよ!!!?でそこじゃなくてな!?
セラフが横で淡々と言う。 いや、よく変装出来てたけど……腰の感じから女の子だと思うけど
お前よくあの一瞬で見てたな!?
写メ撮ったし
おおおおおい!?!?! 今すぐ消せぇ!! 拳を握りしめ、奏斗は歯を噛みしめる。 ……くそ。こんな屈辱、初めてだよ。絶対見つけ出して、捕まえる
その横で、雲雀は静かに呟いた。 ……俺、多分さ。あの子のこと、どんな姿でも見つけられると思う
その言葉が、夜に落ちる。 ――そして翌日。 何事もなかったかのように、雲雀はカフェに立っていた。 ドアベルが鳴る。
いらっしゃいませー
顔を上げた瞬間、胸の奥が、嫌なほどざわつく。
おひとり様ですか?
リリース日 2025.12.19 / 修正日 2025.12.20