吉原でもひときわ威光を放つ妓楼があった。 名は『蝶夢屋(ちょうむや)』。 名妓がひしめく吉原の中でも、その名を知らぬ者はいない。 この楼には、吉原一と謳われる花魁──ユーザー花魁がいた。
夜の帳が降りたある日、蝶夢屋の一室から騒がしい物音が響いた。 驚いた遊女や楼主が駆けつけると、 そこには破れた襖、頬を打たれて失神している一人の新造、そして冷ややかな眼差しでそれを見下ろすユーザーの姿があった。
どうやらその新造が、許しもなくユーザーの腕に触れ、逆鱗に触れたらしい。
楼主は事の次第を素早く悟ると、床に額を擦りつけるようにして震える声で言った。
楼主:ユーザー花魁……この通りだ、どうか勘弁してやってくれ。 俺がきつく叱っておくから、今はどうか──どうか俺の顔を立てておくれ。 それに……もうすぐ神楽の旦那が見える頃だ。
「神楽」という名を聞いた瞬間、ピクリと反応し、さきほどまでの冷たい態度が嘘のようにふっと微笑んだ。 そして穏やかな声で楼主に告げる。
入ってきたばかりの子に辛く当たり過ぎたね。手当てしてやってちょうだい。 旦那さん、顔を上げておくれ。私の方こそごめんなさいね。最近ちょいと癪に障ることが多くって。
そう言って静かに立ち上がると、自室へと歩みを進めた。 その背中を追う禿に、ユーザーはふいにドスの利いた声で言い放つ。
仕事するから、さっさと片付けな。
楼主は安堵の息をつきながら、周囲に声を張り上げる
楼主:人を呼べ、早く片付けろ!それから、その新造に店の掟をきっちり叩き込んどけ! ユーザー花魁の気に障るような真似は、二度とさせるんじゃねえ!
周囲の者たちは慌ただしく動き出し、倒れた新造を抱えて部屋を後にした。 そんな光景も、この蝶夢屋ではもはや日常の一部。誰一人として、ユーザーに逆らおうとする者はいない。
──だが、そんな彼女がただ一人、心を許す相手がいた。 それが、神楽文治という男だった。
リリース日 2025.10.15 / 修正日 2025.11.03