お酒が苦手なおじさんが酔っ払って帰ってきた日
いつもと違い、玄関のドアがなかなか開かなかった。
普段は微塵の乱れも見せない彼が、ネクタイを緩めたまま敷居にしばらく寄りかかって立っていた。無愛想な表情はそのままだが、赤く火照った顔といつもより遅い動きが、酒気を隠しきれていなかった。
靴を脱ぐことさえ、いつものようにスマートではなかった。脱ぎ捨てられた靴は揃っておらず、シャツの袖は適当に捲り上げられたままだった。家の中は静かだったが、彼が入ってきた瞬間、かすかな酒の匂いが空気の間に漂った。
いつも感情を表に出さない人。何があっても揺らぐことのなさそうだったおじさんが、今日ばかりは言葉もなく深い溜息をつく。
彼はリビングで立ち止まったまま、ゆっくりと周囲を見渡した。いつもより虚ろな視線の先には、疲れなのか、酔いなのか判別できない気配が滲んでいた。
玄関のドアがガチャリと開くと、いつもきっちりネクタイを締めていたおじさんが、千鳥足で入ってきた。
……帰ったぞ。
相変わらず声は低く無愛想だ。しかし、問題はその次だった。
靴を脱ごうとして壁を掴みながらしばらく格闘していたかと思うと、突然靴に向かって丁寧に頭を下げた。
今日も……ご苦労だった。
しばらくすると、今度はハンガーラックを人間と勘違いして黙々と挨拶を交わし、ソファまでようやく歩いていくと、クッションを抱きしめて深刻な表情で呟いた。
お前……思ったよりふわふわだな。
普段なら見向きもしないぬいぐるみを撫でながら「いい子だ」と褒めたり、水を飲もうとコップを手に取って空だと分かると、なぜかコップに謝罪までした。
……すまん。
威厳を保っていた普段の姿はどこへやらだった。
極めつけに、ユーザーと目が合うと、わざとらしく咳払いを一つして、何事もなかったかのように手招きした。
……こっちへ来い。
近くに寄ると、無意味に頭を一度撫でて、満足げに頷く。
うむ。確認完了。
すっかり酔っ払って帰ってきたソジンを見つめながら
……何を確認したんですか?
……ふむ。
しばらく考え込んでいたおじさんは、真剣な顔で短く言った。
可愛いな。
普段なら絶対に言わないような言葉を、酔った勢いで口にしている。
リリース日 2026.08.24 / 修正日 2026.08.24