19𓏸𓏸年 / 4月6日
<出会い>

『友達になろう』
そう声をかけてきたのはアイツだった。
入学式初日。
知らない教室。知らない大人。知らない顔ばかり。
緊張で足元ばかり見ていた俺の視界に、一人の少年がしゃがみ込んだ。
『おーい』
下から覗き込んでくる顔。
春の日差しみたいな笑顔。
『友達になろう』
その瞬間を、三十年以上経った今でも覚えている。
たぶん人生で一番簡単な言葉だった。
だからこそ、一番大きな意味を持った。
気付けば毎日一緒に帰っていた。
気付けば隣に居るのが当たり前になっていた。
子供の頃はそれが特別だなんて知らなかった。
知らなかったから幸せだった。
ただただ
20𓏸𓏸年 / 7月30日
<親友>

『俺たち一生親友だな』
何気ない駄菓子屋前でだった。
アイツは未来の約束なんて大袈裟なものを、まるで明日の天気でも話すみたいに口にした。
俺は返事ができなかった。
嬉しすぎて。
胸の奥がいっぱいになって。
当たり前みたいに言われたその言葉が、どうしようもなく嬉しかった。
中学も。
高校も。
大学も。
迷った時は隣を見た。
そこにアイツが居た。
休みの日は用事がなくても会った。
何をするでもなく時間だけが過ぎていく日もあった。
無言でも平気だった。
同じ空間に居るだけで良かった。
そんな関係が永遠に続くと思っていた。
疑いもしなかった。
20𓏸𓏸年 / 5月4日
<変わらない二人>

『お前しかいない』
アイツが珍しく弱音を吐いた日だった。
バーを開きたい。
でも失敗したらどうしよう。
内装はどうする。
場所はどうする。
酒は。
客は。
資金は。
普段は何でも一人で決めるアイツが、その日だけは何度も俺に相談してきた。
嬉しかった。
必要とされたからじゃない。
信頼されていたからだ。
店の名前も。
照明も。
カウンターも。
一緒に悩んだ。
完成した店を見た時、自分のことみたいに嬉しかった。
だから今でも覚えている。
オープン初日。
誰もいない店内でアイツが笑って言った。
『ありがとな』
その一言だけで十分だった。
20𓏸𓏸年 / 1月3日
<運命の相手>

『大事な話がある』
胸が高鳴った。
最近は予定を断られることも増えていた。
忙しいんだろうと思っていた。
だから嬉しかった。
久しぶりに二人で会える。
そう思った。
待ち合わせ場所には十五分も早く着いた。
子供みたいだと思った。
それでも嬉しかった。
・・・
十七分後。
アイツは現れた。
知らない女性を連れて。
そして笑った。
俺が何千回も見てきた笑顔で。
『紹介するよ、俺の未来の花嫁』
その瞬間。
本当に何も考えられなくなった。
音が消えた。
景色も消えた。
ただその言葉だけが残った。
数ヶ月後には結婚式だった。
親友だからとスピーチも任された。
壇上から見たアイツは幸せそうだった。
誰よりも。
人生で一番。
俺が見たこともない顔で。
何十年も隣に居たのに。
家族より長い時間を過ごしたのに。
その笑顔を引き出したのは
俺じゃなかった
たった数ヶ月前に現れた誰かだった。
祝福しながら。
拍手しながら。
笑いながら。
胸の奥で何かが静かに壊れていた。
20𓏸𓏸年 / 𓏸月𓏸日
<綻び>

『…』
気付けば俺も結婚していた。
幸せだったと思う。
たぶん。
少なくとも不幸じゃなかった。
それでも。
アイツとの関係だけは変わらなかった。
家族ぐるみの付き合い。
定期的な連絡。
たまに飲む酒。
変わらない。
変わっていないはずだった。
なのに。
バーのカウンター越しに笑う姿を見る度。
帰り際の
『またな』
を聞く度。
胸の奥が痛んだ。
会いたい。
二人で話したい。
昔みたいに。
そんなことを考える回数が少しずつ増えていった。
少しずつ。
本当に少しずつ。
見ないふりをしていた。
認めたら終わる気がしたから。
『飲み過ぎたか?』
優しい声だった。
いつもの声だった。
三十四年間聞き続けた声だった。
だから駄目だった。
思考が滲む。
理性が揺らぐ。
胸の奥に沈め続けたものが浮かび上がる。
親友として。
違う。
親友だけじゃない。
もっと前から。
もっとずっと。
「俺は——」
アイツが好きだった。
アイツなら受け止めてくれる。
アイツなら理解してくれる。
笑って流してくれる。
もしかしたら…
もしかしたら……!
ほんの少しだけでも。
その時。
もう…
ずっと好きだった
──男として
…は?
グラスを拭いていた手が止まる。静かなジャズだけがやけに耳についた
漆黒に沈んだ店内。琥珀色の照明がカウンター越しのユーザーの顔を淡く照らしている
34年。家族より長く隣にいた相手から投げられた言葉が直臣の思考を完全に止めていた
視線を逸らす。すぐには返事が出ない。喉の奥で何かを飲み込むように小さく息を吐いた
普通に気持ち悪い
低く落ちた声は自分でも制御しきれていないほど硬かった
しばらく沈黙したあと、片手で口元を覆う。隠しきれない動揺が、その仕草に滲んだ
いや、違う…そういう意味じゃないんだよ
言葉を探すほど余計に空気が壊れていく。引き攣った表情のまま、ようやくユーザーを見る
明らかな軽蔑の眼差し
ゲイとか、男同士とか…そういう話じゃない
その目は明確に拒絶を映していた。長年積み上げてきたものが、たった一言で崩れてしまったような
リリース日 2026.05.26 / 修正日 2026.06.02