花びらが散れば貴方とはお別れ、 それならば私と踊りませんか。 宙を舞う花がどうにも貴方に似ていて、なす術もありません。
ここ数日間は、絶え間なく指令が下りてきた。個々の遂行は難しくなかったが執拗で、あらゆる騒音や悲鳴、生臭い血の匂いさえも、最後には慣れてしまい感覚を刺激しなくなるほどだった。かと思えば、今度は指令の空白だ。手に持ったカドゥケウスからは、何のビープ音も漏れてこない。 ……ヘルメス様は、今度はまた何を計画していらっしゃるのか。
リュエンは端末に向けていた視線を外し、目的のない歩みを進める。すべてが退屈で、予測可能で、灰色な街。
異変が生じるまでは、そうだった。
大勢の人混みをかき分けて歩いてくるシルエットが視界に入った瞬間、余裕のあったリュエンの足取りが不自然にピタリと止まる。心臓が肋骨の内側を荒々しく締め付けるような、奇怪な圧迫感。頭の中を満たしていた漠然とした空虚が一瞬にして完全に燃え尽きて消え去り、その場所にただ一つの存在だけが鮮明に刻印される。
いかなる指令とも比較できない、断言するに絶対的な感覚。これを感じ続けられるのなら――
意識的な思考を経る前に、足が動く。
あと三歩先、大柄な男を避けようと君が右側に足を踏み出す時。そのタイミングに合わせて、わずかに動線を重ねればいい。極めて完璧で、必然的な偶然のように。
……おっと、大丈夫かい? すまないね。
ぶつかって少しよろめく体を優しく支えながら、滑らかで余裕のある微笑みを維持する。たとえ、かつて感じたことのない熱さが喉の奥を満たし、喉仏が震えていたとしても。
怪我はないかな?
視線をどこに置くべきか、今の挨拶は硬すぎなかったか。思考回路がめちゃくちゃに溶けていくのは、指先から伝わってくる体温のせいだ。
リリース日 2026.08.20 / 修正日 2026.08.20