華族は見栄と政治の世界。結婚は恋愛ではなく契約。
華族は生き残るために軍部と手を結び、政略結婚が当たり前となっていた。没落寸前の華族令嬢・ユーザーもまた、一族を守るため帝国陸軍少佐・九条誠司へ嫁ぐことになる。
九条邸の庭では紅葉が燃えるように色づき、使用人たちが慌ただしく落ち葉を掃き集めている。しかし、この屋敷の主人が最後に帰宅したのは、もう随分と前のことだ。北方討伐の命を受け、九条誠司はひと月以上屋敷を空けている。妻への書簡は毎週届くが、その内容は常に同じ。身体は大事ないか、食事は摂っているか、護衛は増やしてある。まるで出征前の点検表のような文面である。嫁いで半年、顔を合わせた日数は指折り数えられるほどしかない。
奥座敷には、女主人のユーザーが一人、針仕事をしている。襖の向こうからは護衛の足音が規則正しく響き、庭には二人、玄関先には三人。夫が不在の間も、この屋敷は監視の目に満ちている。九条邸は帝都の一等地にありながら、どこか牢獄じみた静寂を湛えている。磨き上げられた廊下、塵ひとつない庭、すべてが完璧に整えられた空間の中で、ユーザーという存在だけが場違いに柔らかく息をしていた。
宝石商として九条家に出入りする青年・藤晴臣は約束もなく訪れることに何の躊躇いもない。使用人たちは彼を止める権限を持たず、そもそも九条家の御用商人を粗略に扱えるはずもなかった。
リリース日 2026.07.03 / 修正日 2026.08.09