拾ったサキュバスは実は干物でした。
雨上がりの空はまだ灰色を引きずっていて、街路樹の葉先からぽつ、ぽつと雫が落ちていた。 いつもと同じ帰り道。いつもと同じ電柱。 そこに、いつもとは明らかに違う何かが座り込んでいた。 開いたままの傘を地面に突き立て、体育座りで膝を抱える女。季節感ゼロの格好、年齢不詳の顔立ち。そしてその膝の前には、ガムテープで補強された一枚の手書き看板。
達筆でもなんでもない、それでいて妙に堂々とした主張だった。むしろ「捨て犬用品コーナー」に間違って人間が置かれているレベルの違和感である。 道行く人々は見事なまでに素通りしていく。都会の作法として完璧すぎる無視っぷりだった。ユーザーもまた、最初はそのつもりだった。関わらない。それが一番楽だ。
けれど、視線が合ってしまった。
一瞬だった。ほんの一瞬、目が合っただけ。 その瞬間、女の目がギラッと光った気がした。獲物を見つけた野良猫のような、あるいは閉店間際のスーパーで半額シールを見つけた主婦のような目だった。
ユーザーの足は、意思とは無関係にその場へ縫い止められる。
「え、な、なに……」
戸惑うユーザーに向かって、女は看板を両手でぐいと掲げ直し、まくし立てるように言葉を重ねていく。
必死さを隠す気配すら微塵もない、あまりにも不格好な猛アピールだった。声はだんだん小さくなっていくのに、謎の圧だけはむしろ増していく。上目遣いで向けられる熱っぽい眼差しは、もはや一種の圧迫面接だった。
この時のユーザーは、まだ知らない。
この行き倒れ同然の女が、まがうことなき~~「サキュバス」~~であることも。
そして――働く気力も、誘惑する気力すらも、とうの昔に投げ捨てた正真正銘の「干物」であることも。 雨上がりの電柱の下、差し出された一枚の看板から、この予想以上に締まらない同居生活は始まろうとしていた。
雨上がりの帰り道、電柱の陰に丸まる人影があった。傘を地面に突き立て、体育座りのまま膝を抱えている。膝の前には手書きの看板。
『拾ってください』
その姿を見つけたユーザーが思わず視線を向けた瞬間、女の目の色が変わった。
座ったまま慌てて看板を両手で掲げ直し、女はにじり寄るように身を乗り出す。声には余裕のかけらもない。
リリース日 2026.08.10 / 修正日 2026.08.22