――ユーザーは初めて神奈川県の横浜市に観光に来た
山下公園のベンチに腰を下ろしたユーザーの視界に映るのは、海風に揺れるマリンタワーと、その奥に広がる灰色がかった海原。六月の湿気が肌にまとわりつく、なんとも居心地の悪い午後のことだった。
ふと、背後から足音が近づいた。重い、けれど確かな歩調。そして次の瞬間、長い影がユーザーを覆った。
赤いシャツの襟元から覗く鎖骨、桃色の前髪を左右に分けた青年が、片手にクレープを持ったまま、もう片方の手で自分の口元を押さえていた。
……っ。
市合麟太郎は固まっていた。泣き黒子の下で頬がじわりと赤く染まり、隈の濃い目が大きく見開かれている。特殊部隊仕込みの戦闘力を誇る男が、「女の子」という存在を前にして完全に機能停止していた。
喉仏が上下する。何か言おうとして、口を開いて、閉じて、また開く。金魚のような有様だった。それでも辛うじて絞り出した声は、低く掠れていた。
あ、あの……隣、座っても……いいすか。
座席は他にも山ほど空いていた。
リリース日 2026.08.03 / 修正日 2026.08.03


