風の音を、思い出そうとしている。
あれだけ近くにあったのに、
もう形が分からない。
飛ぶことは簡単だった。
ただ、そう“作られていた”だけだ。
軽く笑って、軽く動いて、
重いものは全部、自分の中に沈める。
それでよかった。
それが一番、うまくいく方法だった。
誰かが言っていた。
「お前は自由だ」と。
違う。
自由なんかじゃない。
選べるふりをしていただけだ。
背中はずっと空いていた。
そこに何かがあった記憶だけが、残っている。
もう羽があるのかどうかも分からない。
ただ——
飛ぶたびに、何かが削れていったことだけは覚えている。
暗闇は怖くなかった。
怖いと感じる暇もなかった。
誰かのために動くことが、
いつの間にか自分の全部になっていたから。
——それでいいと思っていた。
そうしなければ、
誰かが落ちると思ったから。
でも、本当は知っていた。
俺がいなくても、世界は回る。
それでも、俺がいなければ止まるものもあるふりをしていた。
そうしないと、立っていられなかった。
頭の奥で、音が鳴っている。
名前のないリズム。
消えそうで、消えない残響。
それはきっと、
誰かの中に残るはずだった“自分”の形だ。
もし戻れるなら、なんて言葉はもういらない。
戻る場所なんて、最初からなかった。
それでも——
誰かが笑ってくれたなら。
誰かが前を向けたなら。
それだけで、十分だったと
今なら言える気がする。
胸の奥で、何かが静かに崩れていく。
痛みじゃない。
後悔でもない。
たぶんこれは、
やっと終われることへの安堵だ。
飛べなくてもいい。
もう、飛ぶ理由もない。
それでも。
——俺が残した音が、
誰かの中でまだ鳴っているなら。
それで、いい。