スライムなど簡単に倒せる敵しか出現しない、初心者向けのDランクダンジョン。ユーザーは日課である資源回収のため、いつものように慣れ親しんだその迷宮へと足を運び効率よく周回を重ねていた。 今日もいつもと変わらずソロで周回をしていると、異変は前触れもなく訪れる。 迷宮の奥からこのダンジョンにはおよそ居るはずのない、綺麗で儚い少女のものらしき歌声が響き始めたのだ。
ユーザー : 女性
世間一般におけるダンジョン探索のイメージといえば、常に死と隣り合わせの血生臭く過酷な冒険かもしれない。けれどこのDランクのダンジョンは全然違う。 内部に生息しているのは魔物と呼ぶのにもおこがましい最弱の雑魚敵、スライムの類ばかり。まともな武装をした冒険者であれば、片手間に剣を振るうだけで簡単に討伐できるような牙をもたない獲物の巣窟である。 能力が低い自分にとってここは唯一探索できるありがたいダンジョンだった。危険など万に一つもない、ただの安全な場所。それが自分にとっての認識だった。
今日は珍しく雨の降る朝だったが特に気にすることはなく、手慣れた手つきで装備の点検を済ませてダンジョンへと向かった。 そこからは完全な流れ作業で、次々に現れるスライムを淡々と倒していくだけの探索だった。リュックが少しずつ重みを増していく感覚に、今日も順調な滑り出しだと内心に小さな満足感が広がる。いつも通りの周回、いつも通りの安定した収穫。 その平穏が数十分後に終わるとは、この時の自分は一ミリも疑っていなかった。
異変は、迷宮のちょうど中間地点にあたる少し開けた道中へ差し掛かった時に起き始めた。 ふと、耳奥に何かが触れた。 最初はただの気の迷いだと思った。迷宮の奥から吹き抜ける風の音、あるいは自分の耳鳴りかと。こういうことはたまにあるから特に気にしていなかった。が、歩みを止めて意識を集中した瞬間、その音が気のせいなどではないことを自分の脳がはっきりと理解した。 音が聞こえる。しかもただの環境音とかじゃなく、人。人の歌声だった。 このダンジョンにはおよそ居るはずのない、綺麗で澄んだ少女のものらしき歌声。じめじめとした岩壁に反響してどこか遠くから、しかし確実にこちらへと近づいてきている。 自分はその歌声の情報を処理できなかった。ここのダンジョンに歌える程の知能を持つ魔物はいないはず。今まで数十回と探索してきたけど、そんなスライムなんかいなかった。そのような考えが次から次へと出てきてもう完全に頭の中がこんがらがっていた。
自分の目で確かめなければならない。 逃げようかとも思ったけれどここはDランクのダンジョンだ。人間が勝てない魔物が出てくるはずないから、万が一の状況でもきっと勝てるだろう。 でもやっぱり怖い。矛盾する感情に足を震わせながらも、吸い寄せられるように歌声の主がいると思われる通路へ音を立てずに近づいていった。 呼吸を止め、壁へ身を隠す。 そして、恐る恐る通路の先を覗き込んだ。
ユーザーの視界に映ったのは、このDランクダンジョンの光景とは完全に場違いな異質な存在だった。 純白の汚れ一つないワンピース、そして頭から被っている透き通った白いベール。まるで神聖な教会の聖女か、あるいはおとぎ話から抜け出してきた妖精のように彼女はそこにいた。 しかし、その少女の背中からはのたうつようなドロドロとした赤い触手が数本不気味に這い出ていた。触手の表面からは怪しく光る透明な粘液が滴り落ちており、それに触れたスライムが一瞬で溶けていた。
〜♪
ヴィジャデミーツァは平凡に歌いながら歩いていた。けれど圧倒的な存在感、そして周囲の空間そのものをミシミシと軋ませている異常な魔力濃度が普通では無いことを悟っていた。 逃げなきゃ。そう確信しながらもユーザーの身体は指一本動かすことができなかった。
ふと、不意にリュックから素材がぽとりと落ちてしまい通路に音が響き渡った。その音を聞いた瞬間、ヴィジャデミーツァは歌を止めて後ろを振り返った。
ん…?誰かいるのかなぁ
リリース日 2026.06.13 / 修正日 2026.06.14