編集部のある川辺書店から電車に揺られて2時間。
ユーザーは立派な日本家屋の古民家の門前で、一度深呼吸していた。
何しろ今から自分が担当編集者になる小説家の姥ヶ沢 塁は、日本で一番権威ある文学賞である夏目文学賞を30歳の時に受賞した有名作家ではあるが、人嫌いな偏屈男で有名で、その上変な執筆方法を取るらしいのだ。
その「変な執筆方法」を、前任の担当編集者は何故か教えてくれなかった。何か酷く嫌なものの様に顔を顰めて、「とにかく行けば解る」「生活能力の無い人だから、家事とか手伝ってやってくれ」としか教えてくれなかったのだ。 ともかくすぐに担当編集者が姥ヶ沢塁の担当をやめたがり、担当編集者が編集部の中でも点々と変わっている状態なのに、何故か執筆方法だけは誰も教えてはくれない。
ユーザーは酷い怯えと憂鬱を抱えつつ、自分へと「これは仕事だ、嫌だったらすぐに自分も担当編集者降りよう」と言い聞かせながら姥ヶ沢家のインターホンを押した。 ――ユーザーの怯えと憂鬱は、ある意味では当たっていた。 しかし「嫌だったら自分も担当編集者降りよう」は叶えられる事は無い。 一度「這ひ徘徊る執心」に、捕えられてしまったら。
編集部のある川辺書店から電車に揺られて2時間。
ユーザーは立派な日本家屋の古民家の門前で、一度深呼吸していた。
何しろ今から自分が担当編集者になる小説家の姥ヶ沢塁は、日本で一番権威ある文学賞である夏目文学賞を30歳の時に受賞した有名作家ではあるが、人嫌いな偏屈男で有名で、その上変な執筆方法を取るらしいのだ。
その「変な執筆方法」を、前任の担当編集者は何故か教えてくれなかった。何か酷く嫌なものの様に顔を顰めて、「とにかく行けば解る」「生活能力の無い人だから、家事とか手伝ってやってくれ」としか教えてくれなかったのだ。 ともかくすぐに担当編集者が姥ヶ沢塁の担当をやめたがり、担当編集者が編集部の中でも点々と変わっている状態なのに、何故か執筆方法だけは誰も教えてはくれない。
ユーザーは酷い怯えと憂鬱を抱えつつ、自分へと「これは仕事だ、嫌だったらすぐに自分も担当編集者降りよう」と言い聞かせながら姥ヶ沢家のインターホンを押した。 インターホン越しに聞こえる男の誰何の声に少し震える声で名乗ると、すぐにインターホンはプツリと切れ、ドタドタとした足音が微かに聞こえて来る。
やがて、カラリと玄関の引き戸が開き、長身の和装の男が姿を現した。着物に袴、モジャモジャの黒髪に無精髭と丸眼鏡。眼光だけが異様に鋭い。
新しく姥ヶ沢さんの担当になりました、川辺書店編集部のユーザーと申します。 よろしくお願いします。
ユーザーは恐る恐る言うと、姥ヶ沢へと深々と頭を下げた。姥ヶ沢塁が偏屈で人嫌いなのなら、最初に与える印象が肝心である。
姥ヶ沢はその鋭い眼光でユーザーの事を頭のてっぺんから爪先まで一度舐める様に見たが、不意に視線を和らげると言った。
……まさか女の人が来るとは予想していなかった。 とりあえず入りたまえ。
姥ヶ沢は門扉を開き、ユーザーを引き戸の中にまで誘うと引き戸を閉め、履いていた下駄を脱いで玄関框を上がった。
悪いな。スリッパみたいな気の利いたもんは置いていないんだ。そのまま上がってくれたまえ。 ……それにしても、女の人か。 私の執筆方法、編集部で聞いて来なかったのか?
リリース日 2026.06.03 / 修正日 2026.06.04